2022年04月29日

深い地下水脈

ラッパーのFUNIさんからのメッセージなのだけど、ぼくが探している人は、深い地下水脈の中にいるのかもしれないということだった。
なかなか面白い表現だと思う。
正直、表の周知の出来事にそのまま乗ってそれを表すことには興味がない。そもそも、表さなくても既に表れているし、ぼくが知りたいことはそれではない。そういうのを強く表すのは独裁国家の類いだろう。
世の中には、ゆるふわでは済まされない出来事は多くあるが、場合によれば、戦争ですら無いことにできる。実は、社会というものは、そのテクニックに長けており、それがアンバランスに加速しすぎているのが現在だと思う。想像しなくて済む分には、すべては社会の都合、或いは政治的都合としか言いようがない。これが加速したことの要因の一つとしてあるのはインターネットだろう。分かると思うが、当初はまだ個というものが重視されていたが、それは集団というものに置き換わることになり、共通の認識以外は、打ち消されるという状態に今はなってきている。
ぼくが関心を示すものとして、その打ち消される側というものがある。もはや、マジョリティーに特段面白いアイデアがあるわけでもなく、多数派ゆえに珍しくもなく、結果として打ち消しの側であり、そうなると行き着く先は、マイノリティーの世界なのかもしれない。ぼくは、相互作用として、その打ち消しのようなものに対しての反作用を起こす事を考えている。ただ、その内容として考えている事は、最も当たり前の事だったりもする。周知かどうかも分からなくなっているかしれないが。
強度が必要だが、今はそれほど意識しないように心がける事にする。
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2022年04月28日

まったく実力が足りない

正直、作家としての実力が足りないとしか言いようがない。
実力にも色々な要素があるかもしれないが、ぼくに一番足りないのは体力、そしてメンタル、あと運だろう。
これらをどうにかできるものではないらしいが、トータルで見るならば、他にも改善点はあるかもしれない。
実力が無い事で良いことなど何もない。そのおかげで苦労ばかりしている。もう少し自分の事が見えないといけないな。何か伸ばせるところがあるかもしれない。

ASD覚え書き

ASDというものに関して、多くの人は理解不能だと思う。何故そうなっているのか?など他人に理解してもらおうとしても、それは時間の無駄に終わるかもしれない。一つ言えば、下手に他人の価値観に合わせるよりは、我が道を進んだほうが良いというのがある。これは個人の判断次第だし、その人の特性にもよるかもしれないが、ぼくのケースで言えば、他人に価値観を合わせることは、大きくハンデを負うことになる。つまるところ、一般的価値観の元では、人並みの事はほとんどできないということになる。
できない事に関して、そこは努力するべきだという事を言われることがあるかもしれないが、これだけははっきりしておく。努力していても、間違いなく人並みにできることは無いということだ。人が1年でできる事だとしても、20年も30年もできることは無い。努力は重要かもしれないが、できないことは最低限でおさえておかないと、すべての面で遅れをとることになる。ASDというものの認識が低い時代の人間は、それで人生を棒にふることがあると思う。できる部分で努力したほうが、トータルとして能力を発揮できることになると思う。逆に、何故ぼくに特別にできることがあるのか?に関しても、他人には理解不能だし、そのような反応しか帰ってこないかもしれない。
もし、努力で何かが人並みに、それもわりと短期間でできたとするならば、それは障害とは言えない。そういう話をあてにしても、自分には当てはまらないと認識したほうが良いかもしれない。
努力という言葉は罠にもなり得るし、下手をすれば入院するはめになるぐらいのダメージを負うことがある。複合的な理由から、死ぬこともあるかもしれない。

ちなみに、ぼくがこの程度に文章を書けるようになるには40年以上かかった。それも、PCの補助無しでは不可能だし、文章として間違っているところがあったとしても、認識することは不可能だ。
もし、文章として何か間違っていたとしても、伝わればそれでOKぐらいに考えたほうが良い。自分が読んで理解できるか?というのは良い方法かもしれない。

2022年04月25日

世界を見る

なんとなくだが、体力が無いこともあり、それほどの重労働もできないが、まとまった形で世界を見るという仕事をしようと思っている。
身近にだが、今ある世界というものを、今一度掘り下げてみようと思っている。これまで、色々と夢やぶれ、イレギュラーのような形でばかり結果を残してきた感じだが、そろそろ自分が見てきた世界を、自分の思想的なものと一致させて作り出そうと思っている。これまでのものに、それがなかったわけではないが、より鮮明にしたい。たぶん、それはそろそろできる段階になってきていると思う。
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2022年04月24日

怪しい空間

前々から思っていた事だが、意識高い系界隈の内輪巡礼というものの胡散臭さに関しては、かなり危惧するところがあった。要はゾンビ商法の類いだとは思うが、例えば表現世界の中のそれは、かなり酷いものがある。
つまるところ、ゾンビではない人に関しては兵糧攻めのような事をして囲い込みによって落とし、ゾンビを増やすのである。当然、表では笑顔であり、良い人を演じ、内輪ではSNSでいいねの押し合い、リア充を演じて、さも羨ましいだろうという演出をする。しかし、お布施は嫌だし、笑顔で嘘をついて人をゾンビ化させるのは嫌なので、とくに羨ましいとは思わない。そこは霊感や悪徳商法、信者ビジネスの巣窟である。というか、そういうことをしなくて済むように、その界隈が胡散臭いコネで行けないような舞台に出すようになった。詐欺で志が上がるとも思えず、そういう無駄な時間を使わない事を心がけた。日本はカルトによる汚染が酷く、内輪臭も酷く、それだけに国際間で表現関係の評価に関する信用が低いと思う。とても先進国とは思えないレベルだ。なので海外か、汚染されていない海外の審査員が多いコンペなどに出すというのも条件の一つだ。
連中の合言葉に「ネガティブな事を言わない」というものがある。なるほど、自分を律する事もできないし、自らが属すグループを正すこともできないし、改善不可能である。それどころか、世の中を腐敗させるわけだから、その笑顔には注意が必要だ。詐欺のマニュアル臭は酷く、集団はマニュアル通りに動くので、思考力に乏しく、おそろしく創造性も低い。腐敗は不可避といっても良いだろう。
正直、ここまで社会が劣化したことの一つの理由として意識高い系と詐欺にまつわる話というものがあると思う。ここ最近カルト化著しく救いようがないので、関わらないのが吉である。そもそも詐欺に救いを求めるとか、政治も悪いとしか言いようがない。
詐欺を責めると悪いと言う人がいるが、詐欺は悪でしかなく、責めてなんぼである。それよりも詐欺ではない人を集団で責める詐欺の事を少しは考えたほうが良いだろう。
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2022年04月23日

悪夢 そしてうつ

今日は、疲労のせいか、昼食後寝てしまい、つい先程目覚めた。目覚めたのは悪夢のためだ。
悪夢の内容は、はっきりと覚えていないが、高校卒業の数日前、学校に行きたくない、という感じのものだった。ぼくが、そういう社会に入ることに、何の意味があるのだろう?と思うものだ。その前に見た夢は、予想外の人が、ぼくを手助けしてくれて、仕事が成立するというものだ。
そして、祖母を含め、既に死んでいる人たちの登場。
これのどこが悪夢かと言われるかもしれないが、ぼくがそこで複雑な思いにふける部分に悪夢の要素がある。
現在のぼくは、高校卒業後、何事も上手くいかないことを知っているのであり、その後の努力も、自分のASD発覚までは意味もなく空回りに終わる事も知っている。助けてくれた人も、事実は、ぼくやパートナーを陥れてきた人だった事から、何か申し訳ないという感覚に陥るものだった。そして、祖母の前で、ぼくはずっと無力で、守られるだけの存在で終わったのだ。
そして起きると、何とも言えない不安感に襲われた。ぼくは、何のために生きているのだろう?
いや、生きている事に意味などない事など、重々承知である。ただ、それだけに何らかの意味を感じとるような夢を見たりするのだろうし、そこに自らの価値を見出だそうとする。
最近は、例えば賞を取るというような、自己救済行動も、あまり意味は無くなってきている。ぼくは、仕方なく、その行動を取るが、それによって、自己価値が上がるということも少なくなってきた。結局のところ、不安定であり、自分の価値を見出だせずにいる。

ネガティブシンキング

ぼくは、基本的にはネガティブだと思う。そもそも注意力が低いので、いつの間にか危機意識が増したのかもしれない。しかし、おかげで火事などを回避できていると思っている。
とにかく、ネガティブに考えていないと、被害が拡大することは間違いない。そのぐらい、ぼくの注意力は低いのだ。これで結果オーライという感じで、一つの形だろうと思っている。
地方に住んでいると、ポジティブシンキングとか詐欺の巣窟だったりする。もはや、悪徳商法、霊感ビジネス、信者ビジネスなど数えるとキリがない。
そんなわけで、岡山の名物って何?とか聞かれたら、詐欺かなぁ。。と答えることもある。
実のところ、こういうのは岡山に限った話しでもなく、表現世界などにいれば、どこにでもある話だ。そういう場面では、ネガティブシンキングはけっこうきくらしく、怪しげな勧誘を避けることが可能だ。つまり囲い込みに合わない。
もう一つ言えば、ポジティブシンキングは隙だらけだったりする。危機回避能力が低いのか、詐欺にかかりやすいらしく、怪しげな引き寄せのなんちゃらみたいなのに引き込まれていたりする連中も多い。確かに引き寄せられているとすれば、それはマスター(何の?)に引き寄せられているのであり、ついでにお金もそちら側に引き寄せられていたりする。対価は、騙されて気分が良いとか、その類いだろうと思う。
ポジティブシンキングそのものが悪いとは思わないが、日本のそれは、何か勘違いがあるのではないか?と疑うことがある。そして、やはりゾンビの傾向があり「ポジティブシンキングにあらずんば人に非ず」の雰囲気が漂っている。ポジティブ=優秀という勘違いもあるかもしれない。そうなると集団の劣化は止まらない事になるだろう。
そもそも西洋的な考え方として輸入されたものだと思うが、当のそちらでは、ポジティブであれネガティブであれ、結果を出せばそれが正しいという事らしい。合理的に考えれば、それはそうだろうと思う。人の特性によって合う合わないはあるだろう。
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2022年04月22日

なんだかんだでやることある

展覧会終わったのだけど、まだやることがけっこうある。
とりあえず、色々と合理化して、仕事を楽にしたいところ。といっても、ぼくができることは限られているので、そこをなんとかするだけなんだが。。
ぼくは、写真はあまり注目されていないだろうと思っていたが、思ったよりも興味を持たれたようだ。
とりあえずは、しばらくは続けることだろう。アイデアは、相変わらず成り行きで変更が多いのだけど、それによる強引なアイデアはけっこう良いのかもしれない。それらは、しぶしぶ考えたものなのだが、ある種の妥協も無ければ、物事は進まなかったりする。
そういえば、2019年以前は、写真があまり良くないとか、分かってないとか、よく言われたものだけど、そういうのもあまり聞かないで良かったかもしれない。そもそも、ブログ用の道楽で何故そこまで言われていたのか。。まぁどちらにせよ、やりたいようにやるしかないわけで、独自路線で良いのかもしれない。
ところで、映像時代は、映像の駄目なところを互いに話したりして楽しんでいたものだが、写真では今のところよく分からない。というか、お前のは駄目だしするし嫌いだけど、私の事は言わないでねってのが多すぎる気がする。何度か、明確にお前の作品嫌いとは言われたな。これは身に覚えある人多いだろう。とりあえず、成長したいから、面白い批評なら聞きたいが。
まぁそういうのに合わせて何かを変える事はないけどね。良いとか面白いと思う方向に流れて変わるだけ。
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2022年04月20日

トビイロケアリがついに羽化

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めでたい事に、ついにトビイロケアリが羽化しました。
いつまでも繭の中だったわけですが、5匹ぐらい一度に羽化しておりました。
ここからは、コンスタントに増えていくと思われます。
しかし、この蟻、蟻モデルとしては動きが速すぎるから生体観察だけだろうかなぁ・・
posted by 超画伯 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物・ペット

2022年04月19日

カルト増えたな

こういうご時世になると、どうしても増えるのは、カルトなんだろうな。。ニコニコして寄ってきたかと思えば詐欺とか、もはや普通にある。群れてるなと思えばカルトだったりで、手口も巧妙化しているようだが、総じてあるのは、やたらと自己啓発系だったりすることだろうか?
普段は、こういう電波を防御するシールドが頭にあるわけだが、疲れるとそうもいかなくなる。
ゾンビみたいなものなんだろうが、そもそも生きた死体ってのは、奴隷である辛さから逃げ出すためのものだったっけな。
ヨーロッパとかに比べて、日本はそういうのの規制が緩い。あと、それすらも批判できない空気があって、もはややりたい放題なのかもしれない。
最近のゾンビの特徴だが、やたら笑顔でリア充アピールの群れであることが多いようだ。時代は変わったね。
posted by 超画伯 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記