2018年09月06日

病院

先日は病院に行きました。
気候の影響もあるのでは?とのことでしたが、このもわもわ感は酷い・・
モニターを見るのも一時間が限度です。。
もう、作品は作れないのかなぁ・・
posted by 超画伯 at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

カメラはミラーレス化で高価格化・・

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ニコンとキヤノンがフルサイズカメラ市場に参入したわけですが、なんと言いますか、正直詐欺的に高いですね・・スペックのただし書きとかも酷い・・
普通に考えれば、機構が減ったのだから安くなりそうなもんですが、逆に高くなってしまいました。
しかも内容はお粗末と言えると思うのですが・・
ボディーはデジタルだけに早めに安くなるとは思うのですが、レンズが異様に高いですね。
高性能化したのだから、これは安いと言う人もいるかもしれませんが、普通に考えれば、世代が変わるということは、値段がそれほど変わらず高性能化することだと思っておりました。新しいのだから、同じ値段でも高性能であるべきなのです。
しかしながら、今のところ2強とか言われてるこの2大メーカーは、明らかに高級路線を選択・・カメラはここ最近無いぐらいの高級品に・・という感じです。
カメラを持つ人の何割かは、既に金銭感覚がずれてきて、それでもついて行くのかもしれませんが、内容的にはエントリー機的なものになってしまっていて目新しい要素もありません..オーソドックスなエントリー機・・
つまり、エントリー機が半端なく高いということです。

今回のフルサイズミラーレス参入に関して言えば、これは二度目のαショックと言えることなんだろうと思いますが、それにしても後出しで値段も高くそれでいて低性能というのは如何なものでしょう?
売り文句も大口径マウントの将来性とかばかりで、その将来性込みの値段ということなんでしょうが、つまるところそれって30万とか40万、もしくはそれ以上の値段の大口径レンズでやっと威力を発揮するようなもんでしょうし、正直、そんなものを買っても仕方がないわけです。というかズームはF2.8、単焦点はF1.4もあれば十分でしょうに・・それでも最近は高いのですから・・そもそもレンズ何本か買ったら車が買えるようなカメラってどうなのよ・・長く使えるとか言うけど、デジタル一眼レフのレンズだって、これで徐々にネイティブでは使えなくなるわけですよ・・しかもデジタル時代になって、ものの陳腐化は早く、これからの100年とか、そもそもマウントそのものが必要なもんなのかも怪しいもんです。

とりあえず高付加価値商品で売る数を絞って儲けるという考え方は分からなくもないのですが、正直酷い話で、そういうのは、少なくともαよりも高性能でなければ説得力もありません。何に付加価値があるのかすら分かりませんし。カメラ屋としてのブランドということでしょうか?
そこまでブランドが重要なのであればそれはそれで仕方の無いことなのかもしれませんが、はっきり言って、かつての精密機械産業であるカメラ屋と家電屋とでは、ミラーレスという分野は明らかに家電屋に分がある気がします。
あと、単純にユーザー目線から見ればファーウェイあたりがこの分野に参戦でもしてくれたほうが、アイデア的にも面白いものを作ってくれそうだし、過去の呪縛から解き放たれそうな気もします。もはやブランドに固執することが発展性のためにも将来のためにも良くないとすら思えます。とにかくこの分野の人間はマニアも技術者も頭が固いのか、20世紀から継承するローテク技術の発展ばかりを追求しているように思えるのです。
レンズの巨大化など、その最たるものでしょう。ローテクだから、はっきりとした高性能化のためには物理的に使用困難になるほど大きくするしかないわけです。
案外中国あたりの企業がとんでもないアイデアを提示して、その後ごっそり持っていくのも時間の問題とすら思えてしまいます。

つまるところ、最後の障壁のシャッター幕が無くなるのも時間の問題なわけで、完全な電気製品に移行・・構造的にはビデオカメラとなんら変わることのない構造になっていくわけです。そしてAIとかそういったものが入る余地は上がっています。それに参入の障壁も間違いなく低くなります。
要はビデオ撮影+αをするように写真を撮るような時代になってきてるわけです。
α9の無音撮影を、ビデオ撮影のようだと揶揄する人もいるようですが、これこそが未来のミラーレス機の姿なわけで、無音撮影の恩恵は計り知れないのです。コンサートや舞台、講演など、シャッター音など迷惑以外の何物でもありません。シャッター音が素晴らしいとかいうのは、本来無いほうが良いけど仕方なく鳴ってしまうものにフィーリングが〜とか序列をつけているだけで、普通に考えればどう考えても無いほうが良いのです。
つまりそのように撮れることがむしろ理想なわけです。
そういったことを常に先行できるのはセンサーや各電子部品などを製造できる家電屋になってくることは確実ですし、こうった技術を早くもう少し下位の機種にもほしいわけです。
とにかく今回発表された機種に関しては、ミラーを外した恩恵が非常に少ない機種で、たんにブームにまたがりブランドで売るという商法にしか見えません。
古臭い撮影手法ばかりを継承していて、使用する上での発展性は無く、レンズは巨大化。自分が思うところのうま味がまったく無いわけです。
そしてレンズは異常に高い・・
αもレンズが高いと思っていましたが、いまや安いと思えるようになってしまいました。それでも高いからそんなに買えないのですが・・というか、世の中これでは、αのレンズも更に高くなりそう。。なんか馬鹿馬鹿しい・・
世の中先細りなのに..まぁついていけませんね。

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2018年09月04日

発作

異様な不安感と、車に酔ったような感覚に襲われ、何度も嘔吐・・
一瞬でもモニターを見るのがきつい
いつになったら良くなるのか・・
posted by 超画伯 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月03日

めっきり写真を撮らなくなった・・カメラつまらないかも

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色々と遊べるものだと思っていたカメラなんですが、最近あまり面白いと思わなくなってしまいました。
まぁ、言うなれば、正直検索とかにかかる写真とかもつまらないですし、アイデアらしいアイデアも無い感じで、要は何を見ても感動しないということにつきるかと思います。
自分が何を撮りたかったのかは、未だに分かりませんが、風景とか街のスナップを撮るにしても、もはや既に見た感じの風景ばかりで、何を撮って面白いとも思わなくなったわけです。
綺麗な夕日やら咲き乱れる花とか、他人の子供やペットとか、お姉さんのイケてると思ってるような写真、毎日のように怒涛のようにネットに上がってくるわけで、まぁ、皆同じような写真ばかり撮っているわけです。
これを人より綺麗に撮れたからといって、それがどうというほどのものでは無いですし、それをもって、世界が素晴らしいだろ?とか、とても思えないわけですよ。。そもそも画像処理して捏造してますしね。
要は世の中が同じような価値観ばかりで動いていて、情報としてはとても単調・・もちろん見る側の需要があるから似たような写真が多くあるわけですし、自己承認を満たす意味でも見る側に合わせた写真を撮ることが素晴らしいという暗黙の了解。。それを見て安心する人もいるのでしょうが、正直毎日同じおかずを食べてるような感じで、飽き飽きしているわけです。

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あと、何だか面白くなくなった原因の一つとしてあるのが、このPENTAX K-5Us・・
誤解を招くようですが、K-5Usは良いカメラですよ?なんですが、この機種を手にした時点で、だいたい自分が撮る対象は撮れてしまうということに気がついたわけです。(一番上の写真はこれで撮っています。岡山県の事業の撮影の仕事で使いました。-3EVのフォーカスとある程度の暗所性能で、記録としては残せるようになりました。)
その後、K-1とかも導入しましたが、これによって何かが変わるわけではありませんし、ミラーレスのα7シリーズとかも数年前から導入しましたが、特に自分に変化をもたらすものではなかったわけです・・まぁ無駄骨ですね、機材が変われば何かが変わるという希望は無くなったわけです。諧調や精細さが変わった?いや、冷静に考えると、自分が変わったわけでもなし、かなりどうでも良いですね・・あと、金も無いのに過ぎた道楽でもありますね・・何か結果残したほうが良いのかな??
とりあえず無駄骨にしないためにも、周りを見てみるわけですが、最近、世の中の層みたいなものが見えなくなってきています。
正確に言えば、現実が酷すぎるから見えないように隠してしまったという感じでしょうか・・
綺麗なものだけを見なさいという同調圧力みたいなものもありますし、ある意味良い写真というものをメーカーやら取り巻きプロ、それを真似る面々が決めてしまっている感じも否めません。要は商業なわけで、結果としては最新機種で撮った写真が良いものという扱いを受けやすいように出来上がっているように思えます。例外もあるでしょうが、比率ではそうなっているように感じます。
要は、高精細とか色が綺麗とか今までにない諧調とかで、似たような風景を撮れば、それが一時の価値になるといった感じでしょうか?
もし、これを芸術というならば、実にくだらないと思いますし、だからこそ写真は相対的に他の芸術に劣ると思っていたわけですが、まぁ、ぼくも一応映像作家のはしくれなわけで、一応世界の有名どころの映画祭や芸術祭で活動してきた体験から言えば、動くほうの映像は、ただの鉛筆の線画だけで書かれ非常に安価な装置で作られた、アイデアだけのものから、何億円のような莫大な装置と人員で作られたものもあって、一人だけで制作する人も数百人で制作する人も同じ舞台に立ちます。
ぼくは基本的に自分と音の人だけの構成で、おそらくそういう舞台の中では最貧の部類になるわけですが、とくに機材がどうとか、そんなことは田舎の映像屋か機材自慢の爺さんぐらいからしか聞いたことがないというのが実情です。要はアイデアと感性が世界的な有名プロダクションを上回ることが可能な世界なわけです。

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おそらく、そういったことは写真でも可能なのかもしれませんが、妙な共有意識がそれをやりにくくしているのは間違いないだろうとおもいます・・金さえあれば、やたらと敷居が低く、多くの定年退職者が老後の趣味で始めても、それなりに出来るようになるというのも、良い点ではあるとは思いますが、その敷居の低さが、ある種の押さえつけを生んでいるのかもしれません。要は人と違うことをしている人に対して、少々かじったことで、非常によく分かっている面々による「なんでこんな写真とるの?」とかいう雑音が絶対数として非常に大きいのではないかと想像します。
これはSNS等がさらにその様相を強くしている感もありますね・・要は保守的題材であり、皆が一様に良いということにしていて、だれもが見ても良い写真というのは、こういうもの・・と、お約束になっているわけです。そうでないものは、もし見えて、仮にすごいなと思っても、見ぬふりを多くの人がするでしょう。誰もが監視者でもあり、ルールを破壊するものは基本的に許されません。それは心の中では賛同する者も多数決に勝てないのだから見ぬふりをするのです。
要は人と違う写真を撮るとして、それが古いコンデジだったとします。細部の写り込みや、諧調差は乏しく、保守的題材の要素がないとなれば、多くの場合否定されてしまうのではないかと思えてしまうのです。そして保守的題材を撮っている人は圧倒的に多いわけですから・・
保守的題材を保守的に撮る場合は、つまりは決定的変化がないわけで、それを機械力で徐々に向上させる・・それをメーカーや、その息のかかったプロが評価・・まぁ売りにつながりますよね。つまるところ、メーカーの手のひらの上といった感じなんだと思います。
もっとも、今はスマホ屋のほうが力も金もあるかと思いますが・・

posted by 超画伯 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年09月01日

色々と離れた感覚

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暑くてきつい夏でした。
病気もあるかもしれませんが、夏の暑さについて行くことができなくて、何日も倒れていました。
それでも予定のある日に合わせて調整していましたが、その後はダウンという感じを繰り返しています。それでも、意地でも動こうと思えば、その日は何とかなる分、入院していたころよりは良くなったのではないかと思っています。

これから作品を作るかどうかについては、体力との相談ですが、もともと自閉症もあって、一般的価値観についていくことは困難になってきている気がします。
色々とアドバイスを受けることもあるのですが、ぼく自身のベースの感覚は、世間一般とは大きくかけ離れていて、聞いてもあまり意味はなく、要はそこに当てはまる要素が極めて少ないという感じで、そこを無理してついていこうとしていましたが、限界のようです。
もともとは、普通に生きたかったのですが、それが出来ず、仕方なく作品とかを作るようになりました。その思いがあって、なんとか社会との接点を見出そうとはしていたのですが、もう無理です。
とりあえず、自分に付いた枝葉を切り落として、自分に無理の無い生き方を考えていく必要があります。
仮に世の中に必要のないものだとしても、まぁ、自分が生きていく中で色々と思い浮かぶことを頭に浮かべながら生きていきます。

posted by 超画伯 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年07月29日

奈義現代美術館上映ありがとうございました。

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今日は、奈義の美術館で上映会でした。
遠路、お忙しい中ありがとうございました。昔の展覧会見てくれた方が、四国から来てくれたり。以前の上映会の担当してくれた方に来ていただいたりで、とてもうれしい話ですね。
終わった後も、皆さんと色々と話ができて面白かったです。

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ところでなんですが、奈義は遠いので、早めに家を出たわけですが、早く着きすぎたので、喫茶店に・・ICHIGOと書いてますね・・

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ドラエ○んぽい石像があります。

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コーラフロートを頼みました。
これってビジュアル的に良くないですか?

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奈義は、ぼくの祖母の里なんですが、広々としていていいですね。
大変に涼しくて羨ましいかぎりです。
冬は大変かもしれませんが・・

posted by 超画伯 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 上映会

2018年07月16日

Neewer 35mm F1.2 クラス最安中華レンズ

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35mm F1.2という超ハイスペックレンズを1万円程度で入手しました。NEEWER 35mm F1.2というレンズであります。
これが安いのか?と聞かれますと爆安です。現存する同じスペックの他のレンズに比べれば異様なほど安いということになります。
とりあえず、ささっと写真を撮って記事にしてみましたんで、興味のある方はこちらからどうぞ。
NEEWER 35mm F1.2

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(SONY α7U/NEEWER 35mm F1.2/絞りf1.2)

posted by 超画伯 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年07月10日

脳活

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先日の大雨が降る前に、ぐっと調子が悪くなって、今も寝たままの状態です。どうやら、気候の変化に非常に弱いようです。
それでも、何かしないといけないと思うのですが、今の自分に対しての理想が高すぎるのか、少し動いて、すぐに倒れてしまいます。
毎回思うのですが、体調悪くなっても○○出来ないといけないという感情が強すぎるのかもしれません。
実際のところ、出来ないものは出来ないわけだし、自分が何かできなくても世の中回るわけです。

10日ほど前の話ですが、脳活というものに行きました。
どういうものかと言うと、だいたいはお年寄りが脳の老化を予防するために行うもので、単純な計算をしたり、軽いストレッチなどをしたり、ゲームをしたりといったものです。
ですが、今の自分にはハードルが高いのか、お年寄りも含めて、一番出来ないのがぼくでした。
けっこう得意なタイプのゲームも理解できないまま。
まぁ、現状がこうなのです。
現実に能力が大きく落ちているようです。
とりあえず、それはそれで受け入れて、出来ることを積み重ねていくのが良いようです。些細なことの積み重ねの上に自分があったわけで、それをまた繰り返せば良いのです。
どう頑張っても、人間必ず倒れるわけで、倒れない人間はいないわけです。今その倒れるときが来ているわけですが、年齢的にはまだ立ち直れるものではあると思います。
そうは分っていても焦るのですが、こうして日記を書けるぐらいには脳も回復しているわけですし、なるべく焦らないで、出来ることの積み重ねをやっていくぐらいしかないのでしょう。

また脳活は行こうと思うのですが、前回は休みでしたし。今は起き上がれないので、動けるようになったら動こうと思います。

posted by 超画伯 at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年07月07日

ミュージアム×ナイト奈義MOCA2018

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2018年7月28日、奈義町現代美術館にて、「きよこのくら」上映会を行います。

「きよこのくら」上映

2018年7月28日
開館時間は午後6時〜8時まで。上映は18:30分〜 上映時間は35分
料金:一般・大学生700円、高校生500円、小・中学生300円(※就学未満、75歳以上は無料)

※全国共通チケットは、当上映会ではご利用いただけません。

主催:奈義町現代美術館

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よろしくお願いいたします。

posted by 超画伯 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 上映会

2018年06月21日

起き上がれない

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起き上がるだけでも、ものすごいエネルギーが必要です。
なんか寝たきりになってしまったように重いですね・・
思考力も無くて、色々な気力が消えました。

posted by 超画伯 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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