2022年05月29日

アラン・パットン ライブ

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ボブ錦

先日というか金曜日なんですが、薔薇と迷宮で、アコーディオン奏者のアラン・パットンさんのライブでした。
そういえば、こういうライブのようなものも、コロナのおかげで2年以上無くて、そういう意味でも久しぶりです。
以前のアランさんのライブの時は、もしかしたらまだ写真とかの作品を作る作家というわけでもなかったかもしれません。
まぁ、写真作品を始めてみたら、すぐにコロナという感じでしたから。

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アランさんは、基本動物が好きで、インコもすぐになついてしまいます。
オキナインコの宙太郎とかは、肩に乗って離れようとしない状況に。

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アラン・パットンさんは、パフォーマーで、顔芸もライブの中の要素の一つでしょうか?
この日のライブは、とても良くて、実は評判も非常に良かったのですが、アランさんは気にしていた模様。
お客さんも、ライブは久々ですし、大騒ぎする感じのお客さんはいなかったので、ウケなかったのかな?と思ったようですが、そんなことはありません。皆さんご満悦だったようですよ。

また、来られるとの事でしたから、興味のある方は是非。







つづき
posted by 超画伯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年04月25日

世界を見る

なんとなくだが、体力が無いこともあり、それほどの重労働もできないが、まとまった形で世界を見るという仕事をしようと思っている。
身近にだが、今ある世界というものを、今一度掘り下げてみようと思っている。これまで、色々と夢やぶれ、イレギュラーのような形でばかり結果を残してきた感じだが、そろそろ自分が見てきた世界を、自分の思想的なものと一致させて作り出そうと思っている。これまでのものに、それがなかったわけではないが、より鮮明にしたい。たぶん、それはそろそろできる段階になってきていると思う。
posted by 超画伯 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年04月13日

撮影できない

なんというか、撮影準備はするものの、撮影はできないという。ネタとしては盛りだくさんながら、やはり時と場所を選んだりするものなわけだ。
そういえば、レンズカルチャーから出品の催促が来るわけだが、そんなにぼくに撮影の歴史があるわけでもなく、はい出しますよと簡単に言えたものではない。いや、乗せられても無いものは無い。その昔、映像時代に催促に応じて痛い目を見たことがある。ボツ写真という方法もあるが、それも大してあるわけではない。ぼくの場合は、最初から撮るものを決めているのであり、だいたい失敗もしない。イメージできているなら、そういうことはあまり起こらないのだ。これは、アニメーションをやっていたことによる癖かもしれない。失敗すれば、下手をすれば数ヶ月の損失なのだ。一つあるのは微ブレ写真だが、そういうのは論外だ。
そういえば、ヤドカリの家の補足写真を撮りたいと思いながら数ヶ月。。何故かやる気が起きない。それよりベターなアイデアがあるからだが、一応完成させておいて良いものかもしれない。
あれは、ぼくの哲学的な背景を作品にしたものだが、出来としてはこれまでの作品より良いと思っている。ただ、地味かもしれないとも思っていた。
写真は、全体として、アートのようなものとしては、わりとデザイン的で商業主義的だと思ったが、地味かもと思ったのはそういう意味合いからだ。もの申したい事もけっこうあるが、仕方がない。そうではないものもあるのかもしれないが今のところ分からない。自分を曲げないためにも、それに合わせない事を心がけるだけである。実のところ、合わせない事は、非常に重要な要素だと思う。自分の物差しをフルに発揮すれば良いのだ。アートのようなものだとすれば破壊は重要な要素だ。それを行った人物こそが偉大と言われているのには意味がある。それがイメージの更新に繋がるからだ。批判はされてナンボの世界だろう。それが当たり前で無いほうがおかしい。チンケな成長にも繋がらないものはいらないが。
補足としては、あと数点あったほうが良いのは確かだ。複数枚で意味を循環させている作品なので10枚では意味が希薄だ。世界観の構築にはあと何枚か必要だ。ただそれはフィルムを使うので面倒くさがっているわけで、どうしたものかと悩んでいたりする。
posted by 超画伯 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年03月31日

カメラもって歩く

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春になりましたし、歩くのには良い季節になりました。
ところで、歩けば、妙な物があったりして気になるものです。この猫なんですが、歩いてて、臭さっ!と匂いを感じて振り向くと猫がいたりするのです。しかし、なんか妙な感じです。この囲い込みと言いますか・・

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これなんか、どこにでもありそうな風景なんですが、何かおかしくね?いや、爺さんとの関係性というか通行人との関係と言いますか、なんでこういう像が立ってるの?

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少し大きく写してみたけど、やっぱりおかしいと思う。というか、これの作者おかしくね?布で隠してるのか隠してないのか分からないよ。。しかし、桜は満開ですね。

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なぜか家の中に広がる草むら。

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水の入ったペットボトルが半端ない。これだけ置くのしんどかったでしょう。。

いや、街というのは、まだまだ未開拓なところがありますね。普段見ていなかった風景を再発見です。もう少し妙な目線で撮れれば良いのだけれど、体力不足です。

ところで、今日はたまたま天神山文化プラザに行ったのですが、何かの写真展やってて、せっかくだから自分の展覧会の案内を渡したら珍しく歓迎されました。ここ最近、くそみそに言われてたので少しばかりうれしいですね。展覧会にも来てくれるみたいだし、紹介してみるものです。
posted by 超画伯 at 01:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年02月18日

何故か、面倒くさいと思わない

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これまで、色々な事をやってきたのだが、写真に関しては、何故か面倒くさいと思う工程が無い。だいたい何かをやってたら、これは面倒くさいからやりたくないなぁという要素は一つぐらいは出てくるものだが、それがない。例えばなんだが、ぼくは絵を描くのが面倒くさい。CGのモデリングもそうだ。想像するのは好きなんだけど、それを描くというのは、おそろしく苦痛だったりする。思い付いたら形になるような、ドラえもんグッズを何時でもほしいと思っていた。
撮影に関して、何か嫌な事があるか?と言われると、暑いのと寒いのが嫌なぐらいだ。
ともかく、考えるのは好きなので、色々な配列を思い浮かべてみたりしている。これを再現していく事も苦痛ではない。夏と冬を避ければ、どうということはない。
あとは、体力があればなぁ・・という感じだ。一度体を壊すと、随分と長引くね・・それとも一生ものだろうかな?

あと、パートナー曰く、ぼくは、できることだけすれば良いらしい。普通である事に未練が強すぎるとの事だ。定型発達にはなれないのだから、親とか周りが言った事を引きずる必要が無いと。普通なら正しいことも、ぼくには当てはまらないらしい。思考回路が別物らしいのだ。自分の中では普通のつもりでも、何をやってもおかしく見えるから無理が生じると。
ここ最近、どこに行っても話が通じないわけだが、どうやらそういうものらしい。
そういえば、ずっと普通になりたかったというのはある。妖怪人間ベムみたいなものだろうかな?
パートナー曰く、天才でギフテッドらしいので、地元のイベントとかに行って話が通じないからといって落ち込む必要は無いとのことだ。そもそも行かないほうが良い、死にたくなるのもそのせいだと。いや、そんなはずはないと言い続けたが、もうそういうことで良いことにする。ここ最近、身近な人に怒られたり大変である。発想についていけないらしい。
そうだな、写真始めたから色々と調べなければとも思ったが、興味のある路線だけやれば良いか。。どちらにせよ頭に入らないわけだし、開き直れば、突き抜けるとのことだ。そういえば、他の作家に、コンペは何があるのか聞いたときに、中村さんは、中村さんのままで良いんじゃないですか?と言われたなぁ。。
posted by 超画伯 at 23:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真日記