2018年07月16日

35mm F1.2 クラス最安中華レンズ

PK1N0513.jpg
35mm F1.2という超ハイスペックレンズを1万円程度で入手しました。NEEWER 35mm F1.2というレンズであります。
これが安いのか?と聞かれますと爆安です。現存する同じスペックの他のレンズに比べれば異様なほど安いということになります。
とりあえず、ささっと写真を撮って記事にしてみましたんで、興味のある方はこちらからどうぞ。
NEEWER 35mm F1.2
DSC03164.JPG
(SONY α7U/NEEWER 35mm F1.2/絞りf1.2)

posted by 超画伯 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年06月15日

Super TAKUMAR 55mm F2 か F1.8

SDQH1460.jpg
(SIGMA SD Quattro H/Super-Multi-Coated TAKUMAR 55mm F1.8 開放)
最近の大きなレンズは、おそろしく高解像ですよね。2010年代すぎたころから、急激にレンズの高性能化が進んでいます。
でも、値段も大変に高価で、普通に見る分には人間の目では認識できないのが現実で、画像を等倍してみると色々と分るといった感じです。もちろん大きくプリントする場合にはこれも意味があるのですが、自分が使うとするならば完全にオーバースペックです・・

古いですが、一応AFも付いたFA 50mm F1.4も持ってはいるのですが、なんかTAKUMARのほうが画質が良いんじゃないか?と思って、そちらのほうが使用頻度が多めな気がします。特に四隅の画質なんですが、中央に比べて一定感があるような気がします。
で、使っている中では、設計が古い55mm F2が、一番画質安定してるんじゃないか?と思っているわけです。

SDQH1506.jpg
(SIGMA SD Quattro H/Super TAKUMAR 55mm F2 開放)
ただ、画面の収差はF2はF1.8よりも大きな樽型で、画面の正確さをとるか、均一な解像性能をとるかで使い道は異なったりします。
F2なんですが、設計に無理が無いのか、開放から四隅まで均一に解像する感じです。これはすべての絞りで言えることで、f2からf16まで、すべての絞りが現代の使用でも問題なく使えて、非常に安定しているという感じです。
これは開放付近では50mm F1.4よりも明らかに優れていて、この流れを引き継ぐFA 50mm F1.4よりも発色とコントラスト以外の面では優れていると感じるわけです。ただし、FAはともかくTAKUMAR 50mm f1.4に関して言えば、自分のはSMCの放射能が出るトリウムレンズなわけですが、F4以上では55mm F2よりも優れていると感じます。これは現代のレンズと比べても良い勝負をするのでは?と思えます。
まぁ、マニュアルフォーカスなわけで、オートフォーカスよりも画質が安定しやすいというのはあるのかもしれませんが、こんな古いレンズでも、今でも十分に使えるわけだから、何と戦うわけでもなし、これで十分と最近感じるわけです。


posted by 超画伯 at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年06月07日

中華レンズが個性的だなぁ・・

DSC02429.JPG
とか言いながら、これは韓国のレンズで撮ったものです。
SAMYANGの場合は、けっこう日本やドイツのメーカーとガチで競合するレンズ群を抱えていて、言ってみれば定番の高性能レンズを割安で売っている感じなのですが、中国のレンズときたら、超個性的で、誰も作らないであろうというか、日本やドイツではコスト的に割が合わなかったり、バランス良くないと叩かれるので、そうなると売れないから作れないだろうというレンズ群が登場していて、そういうのって中国の立ち位置だからこそ出来るといいますか、最近とても興味をもっています。
中には安価なコピー品のようなものもありますが、中一光学とかKIPONLAOWA とかいうブランドのレンズは比較的安定した性能で超個性的なレンズを作っている印象です。
なんというか、F0.85やら135mm f1.4のような焦点距離やフォーマットサイズからしたらあり得ない明るさのレンズやら、倍率が何倍もあるようなマクロレンズやら、等倍撮影できる超広角レンズやら、特注でもしないと撮れないような絵が出てくるレンズというのは、発想力やこんなことしてみたいやらの好奇心が無ければ作らないであろうものを普通に買える値段で売っている感じです。
もちろん現時点では日本やドイツが作ったほうが高品質にはなると思うわけですが、理由はどうあれ、マイクロフォーサーズのような小フォーマット以外は、こういうものを作ってはいないわけです。ライカとかf0.95のレンズあるみたいですが高すぎですね・・
結局のところこれらの出す絵は一部を除いてはこれまでのレンズでは似たような感じではだせなかったわけだし、けっこう目の付け所が違うなと思うわけです。
ミラーレズ専用レンズとか特に明るいわけですが、これは今後のミラーレスの可能性を具現化しているわけですし、ミラーレスでしか出せない絵というものがどんどん増えてくるでしょう。
とか言いながら、イマイチ買う気が起こらないのですが、というのもなんでPENTAX用のレンズにAポジションを付けてくれないのか・・SAMYANGにはついているし、そんなに難しいもんなのかなぁ・・
あと、コーティングのせいなのか、写りが古典的な気もしますし、チャレンジャーすぎるのは良いとしても、相当無理をしているのか欠落個所も多々ありそうな気もします。あと、デジタル用としてはコントラスト低い?良いのもあるけど。
写りの傾向はオールドレンズ的なものが多いし、とりあえずオールドレンズで10万とかのレンズ買うならばこっちでしょうとかも思ってしまいますが、せめてAE機能は欲しいんだよなぁ・・M42マウントで出してくれるなら無くても良いのだけど、マウント径的に明るいのは無理だろうなぁ・・
ブランドにはこだわりませんので、そういう機能つけてほしいなぁ・・


つづき
posted by 超画伯 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年06月05日

一眼レフ機で拡大ボタンを押してしまう

PK1N8505_.jpg
マニュアル操作でピントを合わせることが多いのですが、ファインダーを覗きながらの操作は、レフ機だとこれがけっこうずれます。
それでも、PENTAX機だと、ピントは合わせやすい部類だとは思うのですが、ファインダー像そのものを拡大できるミラーレス機のEVFの完璧な正確性に比べると、実に心もとないものになってしまいました・・
で、撮影対象を見ながら思わずやってしまうのがK-1で言えば+/−のボタンかOKボタンを連打してしまう癖です。
これは、前者はソニーのα7Uの操作系で、後者はSIGMA SD Quattro Hの操作系の癖です。
これをけっこうしつこくやってしまうのです。
当然ながら光学ファインダーで拡大は出来ませんが、瞬間的にやってしまうということは、それが便利で多用するからということになります。
この時点で、既にミラーレス機がぼくにとって優れていることは間違いないのですが、わずか数年前は総合的に一眼レフにするしかなかったのです。
ぼくのデジカメはコニカミノルタのDiMAGE A1が最初なので、この拡大機能の便利さは当時から理解していたし、EVFこそが思想的にもデジタルカメラをカメラとして、ハイテクな電気製品として進化させるものなのだからこれを早急に進化させてほしいと思っていたのですが、なぜか一眼レフでなければまともなカメラではないという風潮になってしまって、一眼ブームに・・こちらの開発はしばらくゆったりとしたものになってしまいました。
これ、たぶん旧マウント群のせいですよ?あと、カメラを使う連中は、なぜか保守的でスマホの台頭でハッとなるまで、旧ルールに縛られる者ばかり・・フルサイズ信仰などは最たるものだと思われます。センサー形状も、ミラーレスはミラーが無いのだから、アスペクト比を自在に変えられて、縦撮しなくて済むスクエアであってほしかった・・というわけで、今のところ2大メーカーであるCとNが、まともな一眼レフ以上のミラーレス機を出した時点で、レフ機はレンジファインダー機のように趣味の産物になってしまうと予想します。
今までのフォーサーズ→マイクロフォーサーズの流れを見ても、それが電子マウントだとしてもネイティブでない以上は旧レンズ群は陳腐化してしまいそうな気がします。
じつのところ、ぼくの一眼レフはしぶしぶ購入した産物なわけです。
こうなるとレンズが必要で、けっこう購入してしまったのですが、どうやら総合的には、これらのレンズ群は時代遅れなものになってしまいそうな気配ですね・・絞りリングがあるものはまだ良いのですが・・
まぁ、どうせそうなると思っていたので、マニュアルフォーカスレンズを中心に増やしていたのですが、この点は正解でありました。完全な機械製品は、中途半端な電気製品よりも陳腐化しにくいと考えていましたので・・
ところで、電気製品でもある最新のレンズは高いです。
いつ陳腐化するか分からないのに、これを購入する価値があるのか・・
冷静に考えれば、それをもとをとるまで使うという時間も、今のぼくにはありません・・まぁ、ストレス発散だけのものですし。

posted by 超画伯 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年05月26日

意味がない

K_1P7344(1).jpg
何とか立ち上がろうとするも、体が重く、立ち上がることができない日々・・毎日歩いてはいますが、それがむしろダメージになって、ますます体が動かなくなってしまったりで思うように回復してくれません。
同時に、何事も空虚に感じてしまって、何を見ても面白く感じることはありません。これが病気のせいなのか、もともとそうなのかは分かりませんが、何か心の動くものを探そうとしても見つからずの状態・・日々の散歩でもそういったものは見つからずで、いったい何に期待して歩いているのでしょうか?
この世界は、そもそも面白くなかったのではなかったのか?
素晴らしいと思い込もうとしていただけなのでは?
ぼくは、何枚も絵を描いていますが、いったい何のために描いているのでしょう?そもそも意味なんかは無いことは以前から理解はしていましたが、他に出来ることが無いのだから仕方がないと思いながら、絵を描くという行為を行っていました。
その絵は、自分に負荷のかかる動画の一枚一枚です。負荷のかかる、やってる感こそが今までの価値だったのかもしれません。

SDQH1067.jpg
作品を作ることには、必要以上の時間を要します。要領が悪いのかもしれません。
絵を描くへりには、いつも黒く大きなカメラが置いてあります。そもそも、作品をつくるための一工程の道具にすぎなかったのですが、一瞬で絵が出るという安易さから、いつまでも作業工程の先が見えないアニメーションのストレスから逃げるための道具になりました。それほど深い意味はないのですが、それを思うとき、なんとも言えない気持ち悪さを感じることがあります。
この黒い物体は、何のためにあるのか?どう考えても、今の自分には過剰なものです。目的を逸脱しているとしか思えません。おそらく、買うときは高揚感でもあるのでしょうが、今は、それがどうだったかも思い出せません。
当然出てくる絵が面白いわけもなく、ただあるものをフレームにおさめているだけです。
新たな発見があるとするならば、素晴らしい道具なのかもしれませんが、正直絵を描く行為に比べても創造性に劣りますし、肝心の発見も出来ないのであれば、ただの黒い気持ち悪い物体にすぎません。

posted by 超画伯 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記
リンク集