2022年10月20日

制作中 実は、疲労でしばらく止まっていたのだけど

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Ants+ の制作は、長期取材の疲労のため、しばらく休んでいたのですが、そろそろ制作しないストレスが溜まってきたので開始です。いえ、制作しないと、それはそれで死にたくなるわけです。制作しても死にそうになり、制作しなかったら死にたくなる。本当に困ったもんですね。
今回の作品に関しては、コンペとか度外視ですね。通る目的でしない予定。というのも、そういうのも邪念が入るからです。基盤の無いぼくがコンペを基準にしないというのは、けっこうしんどいと言えばしんどいです。ただ通すだけなら、いつでもできるんです。ですがね、FUNIさんとの交流で得たイメージを極限まで澄んだものにしたいわけです。実際、良い作品が出来つつあると思うんですよね。いや、これはFUNIさんのおかげですよ。
おそらくですが、異なる視点を持った異ジャンルの人、それも懐の深い人物とでも言いましょうか、そういう方々との制作は、必ず良いものになるという印象です。相乗効果とでも言いましょうか?
つまんない人というか奥行きの無い人と関わると、正直作品の質は落ちると思う。人間は、良いほうにも悪いほうにも引っ張られるわけですよ。
これまで、散々裏工作されたり、なぜかカルト集団(マルチ)に圧力かけられたりで、それでもそういう所に考えを合わせなかったわけですが、気持ち悪い笑顔の裏側には悪意しかなかったわけですよ。というか、なんでマルチが群れて偉そうにしてるのか?業務停止食らうような連中ですよ?こういう輩は、ぼく本人に通じないと思ったら、身近な人を攻撃してくる。いや、こういうのが今まで通用してきたのが田舎のアートなわけですよ。しがらみとしても酷い。
ともかく、きちんと制作、チンピラはガン無視で良い。そういう悪意をそらす事ができるようになるのが課題。
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2022年08月26日

写神論

ぼく、写真論とか読んでも、さっぱり意味が分からないのですが、冷静に考えると、ぼくは絵画論のほうを使って写真を撮ってるのかもしれません。基本的にあるのが、視覚的に考えれば、一生の中で二度と同じものを見ることが無いという感じで、画像処理をするとしても、同じパターンを複数個所に使うことを避けております。これは手間はかかるのかもしれませんが、視覚情報を自然に伝えるという意味では正しいと思っております。見れば分かるのですが、明らかに情報量が多いです。
絵画というもの、例えば具象で描く場合、ぼくの場合は過去のパターンの踏襲というものを避けます。こうすれば感じが良かったということは除外するということです。そのほうが、右脳は意外にも活発に動き、むしろ楽に制作することができます。
あとですが、光のパターンというものは無限にあるのですが、その中でなにを美しいと見ているのか?は重要な点でしょうか?これを物体として捉えると「花」とかそういったものになるのでしょうが、それは言葉の定義のようなもので、「花」=美しいものという刷り込み、或いはそう教わった記憶だったりで、光の美しさとは、実のところまた異なるものだったりします。
では、どうみれば美しい部分を見分けることができるのか?に関しては、直観によるところが多いかと思いますが、例えばその直観力が乏しい場合は、それを見分ける理論というものも存在すると思います。まぁ、そこは秘密なんですけどね。
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2022年08月02日

色々と失望

もうそろそろ書いても良いかと思うが、ぼくは写真文化というものに対して失望している。もはや隠そうとも思わないが、メディアとしての写真の可能性もあることから、写真を扱うことそのものは続けるだろう。
ぼくが、その写真というものに対して最初に失望したのは、初めて東京都写真美術館に入った時の事だ。弱弱しい報道写真を崇めているのだ。「なめてんのか?」事実は、もっと優れた写真はあるのかもしれない。しかし、チョイスはどうしようもないと感じるものだった。
写真に未来はあるか?という問いに答えなければならないが、いわゆる今日的な写真村でいうところの写真などはとっくに終わっているという認識だ。これが認識できないとしたら重症だと思う。いわゆる言論や表現として終わっているということだ。
もし表現としての誇りを少しでも持っているのならば、くだらない村とかそういうものに対しての忖度をやめ、そこから他の世界を目指すべきとしか言いようがない。内部でのロンダリングに他ならず、そういうものをオタクイズムと言うのだ。思考停止のキモいカルト、うちでは写真宗と言うようになった。もっと社会と向き合えということだ。それが出来ないのであれば忌むべき文化であり、表現の敵だと言ってもよい。作品の価格を第一義にしてしまったアートしかり、このようなものは、文化に腐敗しかもたらさない。いや、このルールこそが世の中を滅ぼすだろう。価格そのものが悪いと言っているのではない、そこにしか価値を見出せないことを指して言っている。 そのようなものを崇めている評論家も糞である。知人だろうが、大好きな「言葉」とやらで正面から叩き潰してやる。
この腐った世の中を見てみろ。ごたくはいいから、今の世の中を見ろと言ってるんだ。
この数十年は、言論・表現の敗北でしかなかった。その結果として、世の中は暴力でしか変わらないということを証明してしまった。そのラインまで後退してはならなかったのだ。
言論。表現を取り戻すべし。それが通用しない世界では、世の中は暴力によってしか変化しないということだ。法(言葉)になど、何の力も無いことを証明してしまう世の中ということだ。        
なぜ、ぼくが多くの表現手法を扱うようになっているのか?に関しては、その表現そのものに忖度しないという意思の表れでもある。ぼくがただひょうひょうとそれをやっていると思ったら大きな間違いだ。
今時こういうことを言うのはダサいと言われるが、ダサくて良い。物事の本質をいつまでもごまかせると思うな。
パートナーに、攻撃内容を聞いた。ぼくは攻撃されていたようだ。差別主義者、言論封じ許すまじ。完膚なきまで叩き潰す。それは結果を持ってしてだ。芯無き者が、芯のあるものと同列に戦えると思うな、卑怯者め。
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2022年06月19日

わけあって、猛烈に忙しい そういう時は古いデジカメでストレス発散

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(OLYMPUS CAMEDIA E-20)
ここ最近、猛烈に忙しく、正直ネットも満足に見られない状況です。というのも、蟻の世話とかもあるのですが、他にも色々とあるわけです。蟻と言えば、作品を作るのに、蟻の飼育からという事に関して驚かれたわけですが、それってそういうもんなんでしょうかね?ともあれ、蟻について詳しくなりましたし、社会というものに関しても色々と考えさせられるのであります。
蟻の飼育は安くはないですね。手軽と言う人もいますが、餌代も安くはなく、インコとどれほど違うのだろう?とも感じます。実は蟻はストレスに弱く、飼育環境の中にも色々な環境を与えたほうが良いことも分かりました。高湿度ほど良い個体もいれば、それほどでもない個体もいて、そういう部分にグラデーションを与えてやると調子が良くなりました。やはり生き物で、個性があるのです。

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しんどいときですが、古いカメラを持ち出すことが多くなります。というか、普段から最近のカメラは高性能だがつまらないと感じるところがあって、そうなると、500万とか600万画素程度の古いカメラを持ち出して撮影するわけです。これには理由もあって、これらは作品制作からは既に脱落している機種だからというのもあります。持っていても仕事と関係が無いわけです。純粋に遊びで使えるという点が良いわけですが、案外良い絵が撮れる事もあって、事実としては作品にこれらのカメラを使うというか、写真がチョイスされてしまっていることもあります。
これらでも、フィルムカメラ程度の解像感にはなるし、業務用のプリントをする場合、見事に画素補完されることもあって、十分な写真になってしまうあたり、なんだかなぁ・・と思う事も多々。

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(PENTAX ist*D / XR RIKENON 50mm F2)
とりあえず、この忙しい時期を乗り越えないといけないわけですが、今年は、これからが本題になります。蟻飼育は、作品制作の土台作りで、これがないと始まらないわけです。種類によっては、今期絶望な種類の蟻もおりますが、そこは仕方のないところ。やはり生体なので、そこも含めて好不調というものもありますし、事前の認識が甘かったところもあります。
7月は久々に関東方面、人と会うのが楽しみです。

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(PENTAX ist*D / smc PENTAX-DA 35mm F2.8 MACRO Limited)
楽しみのもう一つは食事ですね。何気なくですが、最も撮影しているのは飯かもしれません。
それ以外は蟻ばかり。しかも飼育環境の記録ばかりですね。
あまり写真が面白いと思うタイプでも実は無く、それ以外は本当に撮らないわけです。これは昔からですが、単純に機械が好きな延長で写真を撮ってきたわけです。あとは記録の道具という感じでしょうか?作品とか言い出したのは、ここ近年の話です。
posted by 超画伯 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年05月29日

アラン・パットン ライブ

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ボブ錦

先日というか金曜日なんですが、薔薇と迷宮で、アコーディオン奏者のアラン・パットンさんのライブでした。
そういえば、こういうライブのようなものも、コロナのおかげで2年以上無くて、そういう意味でも久しぶりです。
以前のアランさんのライブの時は、もしかしたらまだ写真とかの作品を作る作家というわけでもなかったかもしれません。
まぁ、写真作品を始めてみたら、すぐにコロナという感じでしたから。

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アランさんは、基本動物が好きで、インコもすぐになついてしまいます。
オキナインコの宙太郎とかは、肩に乗って離れようとしない状況に。

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アラン・パットンさんは、パフォーマーで、顔芸もライブの中の要素の一つでしょうか?
この日のライブは、とても良くて、実は評判も非常に良かったのですが、アランさんは気にしていた模様。
お客さんも、ライブは久々ですし、大騒ぎする感じのお客さんはいなかったので、ウケなかったのかな?と思ったようですが、そんなことはありません。皆さんご満悦だったようですよ。

また、来られるとの事でしたから、興味のある方は是非。







つづき
posted by 超画伯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記