2014年11月07日

まちアートマネジメント講座

岡山県の事業
まちアートマネジメントで
に参加します。
久々のアートイベントの展示で、ぼくが統治のためのアート、問題を封印するためのアートと批判するコミュニティーアートのジャンルで、その育成講座での発表となります。
よろしくお願いいたします。
posted by 超画伯 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年10月26日

コミュニティーアートについて思う

多くの創造者は消えつつあると思います。
作品を見てみましょう・・多くは目に見える形で角が落とされ、何の当たり障りもないものに変わりつつあります。
本来ならば、新たに生み出されるものには、その中で生き残るための暴力性や主張に目を向けさせるための異常性というものが含まれるものがあると思います。
そういうものはコミュニティーにはふさわしいものでは無いと淘汰されていきました。
こういうことを言えば、嫌がらせが良いのかと単純に捉える人もいるかもしれません。
当然ながら、ある程度の配慮は必要だし、単純な嫌がらせのレベルではどうしようもない・・
それよりも、角が落とされた表現?の集合体には、それこそ危険性があると思います。
実の所、それは洗脳であって、徐々に人々から疑問を奪い、社会がどうしようもなくなった時にリセットする力をも奪う行為だとも思えるのです。

つづき
posted by 超画伯 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年09月26日

デジタル疲れる

ここ何年か、すごくデジ物の競争に巻き込まれた感じだけど、基本的に出来ることはあまり変わらないですね・・
最近目が疲れて悪くなったこともありますので、アナログの作業が非常に楽しい・・
一応デジタルも身体的な作業の結果出てくるのだけれども、あまりそういう感じはしないのは悲しい所で、自分でも愛着のあるものを作りにくいです・・
デジタルのほうが良い面が多いから、デジタル化したんだろうけど、実の所アナログの方が好みではあったりします。


つづき
posted by 超画伯 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年09月24日

おかしいと思う

ここ最近、あれを言わない方が良いとか、これを言わない方が良いとか、さんざんそういうことを言われるようになりました・・
何故言ってはいけないのだろう?
そういえば、世の中に出回る作品にも主張は感じられず、ありそうなものも、馬鹿な左翼の使い古した蓄音機のようなお題目だけ・・つまるところ、それは言って良いことになっていて、公認ということでしょう・・主張と言うよりは受け売りとでも言っておきましょう。
それは保守的な行為であり、彼らのほうが何故か保守的なのだと言えるかもしれません・・
疑問に思う方は彼らを問い詰めてみると良いと思います。人や世の中を責めますが、事の真相を知らず、結論と言えば「誰かが言っていたから」その程度回答が遠回し得られると思います。裏をとれるまでの検証もせずに騒いでいる感じです。
自分で考える?否、考えたというよりは過去の心の偉人の言葉をそのまま述べていると思います。自分たちの世界で言えば、心の師匠の言葉の受け売りでどや顔してる人と類似しています。この類は基本左翼思想などに染まりやすいのだと思えます。この現象は思考停止と言えるかもしれません。
当然そういうのも言ってよいとは思いますが、現実世界で生きてきての結論から出される言葉とはとうてい思えず、受け売りであり、もはやレーニンも言った左翼小児病とかその類に見えます・・思うに、言論の弾圧はこの類の連中にもたらされることも非常に多いと思います。
少なくとも、作品においては不都合な現実も言うべきで、それが現在のモラルに反するとしても、事実であるのだから・・と思うことがあります。
はっきり言うと、綺麗事によって表現が大きく制約されるという事実があるということです。
それが、世の中を保守して維持するものならばまだ良いとも思いますが、今話題になっている朝日新聞・・あれは左翼としての綺麗事を述べようと思っての捏造か創作の類だと思いますが、結果としては新手の戦争準備をしているだけで、平和を望んでいるなどとは微塵も感じられないわけです。
連中は国民を煽れば誤った道を進むと散々言っていますが、他所の国民を煽っても同じような結果が得られることを理解していないと思います。
仮に他所を煽っても問題はないと思うのならば、自国人には性悪説、他国人には性善説を適用しているわけで、これは一種のレイシズムのようなもので彼らが批判していることのように思えます。これはダブルスタンダードだと思いますし、実際行っているわけで、悪を作っていますし、反日行為とも反日本人行為とも受け止められます。
少なくとも、数年前までは、事実の検証を言葉に出すだけでも弾圧されるような事態があったことを忘れてはならないと思います。
これで世の中が変わるのかといえば、そういう感じもなく閉塞感は続くと思います。
今(だいたい戦後)の言論弾圧というのは、国家とかそういうレベルでの話ではなくて、集団的な無意識的な行為のものが多いために、そう思えるわけです。
posted by 超画伯 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年09月18日

さくらん

さくらん0032.jpg
津山市民憲章マスコットキャラクター ”さくらん”
です・・
わけあって作ってみました・・
他色々制作中・・
下のはお試し中の画像。
色々やることあるなぁ・・



シーン02_0040.jpg

posted by 超画伯 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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