2014年12月31日

つくるものだけつくっておいた

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簡単に来年の干支、羊など作っておきました
今年も終わりだなぁ
posted by 超画伯 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月28日

地域向け”ゆとり”プログラム

よく考えたら、コミュニティーアートとかって、大人も含めた、地域向け”ゆとり教育”プログラムでもあるよな・・
名目上、教育プログラムということにはならないけど、明かにその匂いを感じるんだよな
特に作品とかゆとってて痛々しいかぎりだ
本当は、そういう地域がゆとる余裕なんて無いわけだが、サブリミナルによって洗脳されるというのもなんだな
思うに、やっていることを見れば、地域においては、祭りにとって変わるようなものというか、祭りのようなものとして受け入れられている感じがある・・
しかし、無礼講の無い祭りでもある・・そのあたりは、しっかりアートとしての属性を引き継いでいるのである
西洋の進んだ文化として、アートによるコミュニケーションを挙げる人は多いけど、コミュニティーにおけるそういうものは、日本には優れた祭りという文化がある・・無礼講の祭りがもたらしたものといえば、緩やかな平等意識だろう・・
そして、無礼講は少々のことを言っても許される文化である
これは階級というものを是正する力として働いてきたと思う
そして、無礼講のない祭り・・これの指す意味というのが見えてくるのだけれど、それは階級制度・・
西洋の進んだ文化というのは階級制度?

以上フェイスブックに書いた記事のコピペ
posted by 超画伯 at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月25日

思考の流動性

良い言葉に意味がある時期があった
今は、そればかりになり効力を失ってしまった
思考というものは流動性があると思う
一般的に良いと思われる事柄、言葉、モノ
それすらも、長く居座れば淀み悪霊が取り憑き腐敗する
今までと違って良いことなのに何故?
もはや通用しない過去にすがっても腐敗はとまらない・・良いものも腐敗すれば、それはかつて良いものだったというだけのものになってしまう

今日フェレットの茶太郎が死んだ
彼は、死ぬ数時間前まで遊び続けた
善意も悪意も無く、個の幸せのために食べ遊ぶ
人間に飼われる不幸も、生まれてすぐ去勢された不幸も知らない、体の中に致命的な要素があることを知ることも無ければ不安がることもない
人間と違い、常に現在を生きて、完全な幸せの中で生きた
posted by 超画伯 at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月18日

作品”スピリッツ”展示について

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大勢の共通項によって得られる結果をほとんどの人は既に見ていると思います。
TVのバラエティー番組等がそうですが、現在のコミュニティーアートに関してはどうでしょうか?
少なくとも、それをアートに求めるのはどうなのでしょうか?
個人的には、そういったものはデザインであったりするわけです。
ここでは、”文化で地域ににぎわいを!”と書かれています。
それはそうでしょう・・その箇所にはアートと言う文字が書かれていないのだから、そうだとしか言いようがありません。

このイベントに参加するにつき、まちアートマネジメント講座の受講生たちと対面することになります。
おそらく、現在のコミュニティーアートに関しての疑いがある人は少ないだろうと思います。
このイベントは、彼らによるキュレーションによって作家が選ばれます。
何度かの対面で、彼らから表と裏のテーマが投げかけられました。
それによって、ぼくの作品の方向性が確定されます。

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表には従来どおりの、当たり障りの無い作品が展示されます。
年々その傾向は顕著になり、多くの人の共通項から得られる回答らしきものが並びます。日常性からかけ離れた作品や、いわゆる定番の問題提示以外の新たな問題提示等は皆無で、いわゆる考える要素というものは希薄になってきています。
これは、こういう環境化ではありがちな現象かと思いますが、ネット以降顕著になってきていると思います。
いわゆる思考停止のプログラムのようにも思えますし、それによって問題に蓋をして考えないようにする・・いや、自然にそうなるから、サブリミナルのようにTV等でも繰り返しアートという言葉が流れ、行政、企業も関わり、低予算で可能なことから、実施しやすい社会実験のようにも思えます。
美しいもの、言葉を蔓延させることで、ことお互いに監視されがちな現代では、驚くほど表上の不満の声は聞こえてこなくなりました。コミュニティーの格差は広がり続けているにも関わらずです。この点には、新自由主義(ネオリベラリズム)の影が見えることは否めない感じを受けます。
美しいとされるものには免罪符が与えられ、その存在そのものに疑問を投げかけることは一般には避けられます。
ここに問題を投げかける実験と、個人的テーマを合わせて作品を発表することにしました。
これからアートに関わろうとする受講生に見てほしい想いもあります。
これは、ぼくなりの思考停止解除プログラムでもあります。

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ぼくの作品は、表通りの裏にあり、展示スペースとしても、最も荒廃したものです・・それそのものは珍しいものではないですが、表との対比でイベントそのものを現在の表現における表と裏・・現在のシーンの縮図になるように作品を考えました。

つづき
posted by 超画伯 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月07日

まちアートマネジメント講座

岡山県の事業
まちアートマネジメントで
に参加します。
久々のアートイベントの展示で、ぼくが統治のためのアート、問題を封印するためのアートと批判するコミュニティーアートのジャンルで、その育成講座での発表となります。
よろしくお願いいたします。
posted by 超画伯 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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