2017年03月28日

明日は片づけ

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けっこう怪我もしましたが、蔵内部の仕事は終了して、明日は、一部機材の片づけ・・明後日からは別の装備に再編成
というわけで、結果としては、あまり休みはありません・・
今回は、永瀬清子生家保存会やプロデューサーが壁になってくれたおかげなのか、怪我以外は、これといった煩わしさはありませんでした。ありがとうございます。

しかしながら、プロデュサーには、精神的ダメージがありそうな雰囲気です。
一応、老婆心ながら、SNS等のネットなんぞは、人間もスクリプト化して雑音多数なので、気にせんでも良かろうと言っております。
しかしまぁ、実際ストーカーのような者に襲撃されたこともある経験上から、身の危険を感じるならば警察にでも言っておけば良いのではなかろうか?改正ストカー法なんぞもあるし・・とも言っておきました。これからの証拠として、色々と記録しておくようにとも。
とりあえず、同性ストーカー関連のブログ記事でも・・
http://qa-cafe.com/159.html
同性ストーカー(ストーカ)行為を繰り返すと逮捕?!
・自宅や職場で待ち伏せしたり
・監視行為
・名誉を傷付けるようなSNS投稿
まぁ、SNSでの見栄の張り合いで少々病んでいる方が増えていることは見れば明白ではありますが、実際に何百人も友人と言える人がいる人間はいませんので、そういうの真に受けた権力闘争とかバカバカしいですね。
自分が努力するよりも、他人を落とすほうが楽と感じるのは分からないでもないですが、そういうのは村社会でしか通用しません。精神衛生的にも、その間何時間もネットに貼りついて他人を監視するのも時間の無駄なので、他に有意義な事をすることをおススメしたいものです。
そういう連中が、どういう心理か調べてみたら、面白記事が。。こういうのが該当するかどうかは知りませんが、娯楽までにどうぞ。これ、まとめた人、よほどだな。。

プロデューサーには給料払っていますし、大切なスタッフです。下らない誹謗中傷を繰り返す輩を確認しましたら、それなりの所に出てもらいましょうか・・一言で言えば、制作の邪魔だ、面倒くさい

これから、制作の序盤が終わり、中間部に入っていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

posted by 超画伯 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月25日

色々と批判されましたが・・

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日本会議の研究・・
ぼくは、この本を去年のけっこう早い時期から購入していました。
というのも、世の中に、ぼくにとっての嫌な空気が流れていたからからですが、それは安保闘争時代の学生運動臭というか、何か異様な感じがしたからです。
内容としましては、やはりと言いますか、学生運動世代の右派の流れが現在も生きていて、それが拡大しているという事実が書かれているものでした。
話によると、途中で修正されているみたいですね?ぼくのはたぶん修正前のものでしょう。

今はネットというものが存在しますが、ある時期から右派の運動が盛んになってきて、ネットの中はほぼ平定された状態になってしまっていたということです。
ネットの中で、この右派圧力団体はいち早く動きましたが、それまでにマスメディアに圧力をかけてきた左派圧力団体は、こちらでは何もしなかったという印象があります。
結論としましては、ぼくが物心つくころから現在まで、左右はあれ、この学生運動世代が日本を牛耳ってきたという感想です。
かつてですが、マスメディアというものが行き過ぎた左翼思想を持っているのではないかと幼心に感じていたのですが、日本は属国であることを利用して、アメリカに守られながら好き放題言っている・・あり得ないような夢物語ばかりを語っていると感じていて、これに対して否定的な話をすれば、「ファシズム中村」的な批判をされたものでした。中韓はしつこすぎる、仲良くしろと言うが、不可能ではないか?と言っても同様の反応でした。もちろん、支配者であるアメリカも好きではありませんでしたが、ではアメリカも無しで、まともな軍も法もない日本がどうやって生きていけるのかを考えた時、アメリカが弱体化して良いことがあるのですか?という現実的な問題も感じるようになっていました。
良くも悪くも、日本はアメリカの保護下にあったから幸せだったわけで、その中でゴネる状況を見て見苦しいと感じたのです。
個人的にはこれをしたたかと感じることは無く、卑怯と感じていたわけです。
基本的に、このころから保守的な考えをもっていたわけですが、周りからは変人扱いでした。まぁ学校教育でも色々とあったわけで・・あとどう考えても理屈の通らない内容の話とか・・例えば外国に対しても何でも話し合いで解決するとか言いながら国内勢力や類似の団体すら納得させれない状況とか、アメリカや日本に対しては暴力的だったりとか。

そこから考えると、21世紀に入ってからは、ネットの中で同様の考えを述べると、突然、それに賛同するような回答というものが起こるようになりました。この時ある種の変化を感じていたわけですが、ある時期から、あり得ないような中韓に対しての罵詈雑言も聞かれるようになりました。
しかしながら、奴らを殺せとかそういう話になれば、普通に考えれば反発心も起こるわけで、そういう考え方からは距離を置くようにはなります。もちろん、防戦一方だった日本人としてのアイデンティティと言いますか、それがある程度国内で回復されたという意味では歓迎する部分もあったのは確かです。
日本人でありながら「日本人は死ねば良い」とか言う連中に対しては、まずはお前が見本になって死ねと思っていたわけで。

残念な事ですが、ある一方に流された場合、皆流されるというミーハーな性質が日本人にはあると思います。上げ底靴の高さが危険水域に達するまでやめられないみたいなもので、破綻するまでそれを止められないという・・
世の中は以前より右傾化しましたが、世の中の人たちはそれに気が付かないのか、それとも受け入れたのか、日本人がけなされない世の中にどっぷり浸かることになりました。メディアもその方向に流されて、そういう編集が行われるようになったわけです。ある意味居心地が良いのかもしれませんが、それは思考停止にも繋がる危険な道でもあると感じました。この本の表紙にも書かれていますが、社会の劣化を感じずにはいられませんでした。
そこに入ってきたのはグローバル化の加速です。思考を止めたように欧米の財閥のお偉いさんが言ったような言葉が蔓延して、金だけが支配する世の中に・・文化であれ何であれ、数字を出せる者こそが正義の世の中です。その論法でいけば、秋元康などは、日本で最も優れた文化人の一人なのでしょう。

塚本幼稚園 【五箇条の御誓文・教育勅語・日の丸行進曲・愛国行進曲・日本(秋元康・作詞)】
を大阪護國神社での合唱です。塚本幼稚園の悲願の小学校が完成!

話は戻りますが、日本会議についてです。
この団体のルーツは、本書を読む限りでは安保闘争における右派学生運動になるようです。
この時の左派学生運動は過激であり、そのアンチテーゼといいますか、大学のキャンバスを左翼運動家から取り戻すべく「打倒左翼」を掲げた民族派学生運動があって、その中での少数の勝者がこの団体を設立するきっかけになったとのことです。思想としては、生長の家の創始者である谷口雅春の思想を色濃く残している団体ということですが、打倒左翼の色合いが強いために、内容は薄いとの評価が書かれています。
今でもそういった感じのものとしては分かりやすいものが存在するかとは思いますが、思想などはともかくとして、打倒自民を掲げる第二党、民進党などもそういう存在なのでしょう。ぼくとしては、第二党として、内容的にも成長してほしいという感覚は強くありますが。。独裁を防ぐためにもです。

今までも色々と言ってはいますが、行き過ぎた思想の行く先は崩壊のみです。この考えは基本的に変わりません。
対立軸無しではそれを防ぐことは出来ないというのがぼくの考えです。毎度言っている自然界の法則と同じ、生態系と同じように対立軸が無いと生体系そのものを維持できないのと同じ法則です。
では何が行き過ぎなのかといえば、日和見主義的というか、八方美人といいうか何でも都合よく取り込んでしまおうとする現政権です。表面的には保守っぽいというか右翼っぽいのかもしれませんが、政策としては最近では北方領土問題を放棄したのに近いようなことをやったのだし、ある意味これは城の堀を埋めるような話で、平和ボケしていないのであればあり得ないような話のように思えますし、突然「国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」というような、保守とは思えないような、グローバリズムに染まる経済系圧力団体のご機嫌を伺うかのような発言が出るわけで、いったい何がしたいのか分からない、本音と建前のせめぎあいも無い、いわゆるその場しのぎの発言ばかりで、色々な圧力団体を納得させては政権支持率を上げて政権を強固にすることだけが目的の集団になっているように見えることです。
まぁ、日本会議の内容を見ても分かるのですが色々な団体や宗教を寄せ集めているわけで、ある意味思想的内容はゆる〜いものなのでしょう。〇〇っぽいでなければ入れない団体も続々でしょう。

この今の政権「安倍政権」は長くはないとは思いますが、今の日本にそこまでの自浄力があるのか不安に思えるところもあります。周囲を見ても、多くの人は意見の対立を恐れています。絶対的な考え方など人間が持てるはずもないのに、嫌われることを恐れてそれが出来ない・・たぶんこれは新自由主義的な理念の中に仕込まれた多くの言葉にそれをさせないような内容が多く含まれているのでしょう。SNS等を見ていると世の中がそのように変化しているのではないかと感じます。漠然としてですが。

最後に、先日からTwitterに流されている動画を貼っておきます。
個人的には、オウム以来の痛々しい動画と思いますが、これを大人がさせているというのは。。
https://twitter.com/GeeGaku/status/835411734043058176
posted by 超画伯 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月23日

TVでトランプ大統領の批判をしてますが

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日本のマスコミも、他国同様、企業のスポンサー料金で広告を出しているため、口頭上ではアメリカファースト主義(国家優先・反グローバル)を主張しているトランプ大統領を未練がましく批判していますが、これは日本の民意が選んだ大統領ではないため、実のところ大した意味はないだろうと思います。所詮は外国ということです。グローバルとか言ってきましたが、選挙制度までグローバル化したわけではありませんので。
実のところ、じゃあ自分たちはどうする?のほうが重要かと思いますし、それが無いために、何でも遅ればせながらが続いている感じです。
正直、今のTVほど国民にとって信用できないメディアはなかなか無いのではないかと思います。というのも国民の利益というよりも企業の利益ですし、それの御用がグローバル化の応援を未だに続けているからです。何故かは簡単で、広告料でやっているからですし、多くの企業はグローバル化したからでしょう。

企業そのものにとっては国という枠は重要ではない時代でしたが、国民にとっては仕事を奪われたり格差を強いられるわけで、良いことは無いのですが、それを必要なことだと洗脳してきました。その余韻もあると思います。TPPのことも未練がましく言っています。
日本のグローバル化は遅ればせながらの周回遅れだったため、国民もあまりその弊害を感じていないのもあるかもしれません。あと、世界を繋げるという理念(経済で)が、文面として美しかったこともあるでしょう。
マスコミが企業優先であることは、広告というものが存在するかぎり有り続けることだと思いますが、国という力が強まってきて海外との繋がりが弱くなってくるとどうでしょうか?
企業は、国内に商品を売る必然性が生じてくるため、国民が豊かである必要性が生じると思います。そうなれば、そうなるようにマスコミを動かすことになるかもしれません。よほどに愚かでなければの話ですが・・
必要なのは再分配、これは国が企業よりも強固でなければ実現不可能な問題ですが、これをかつての日本は行っていました。
日本は社会主義国と言われていたんですね・・冷戦時の他の社会主義国とは異なって、民主主義制度の下でこれを可能にして、陣営としては自由主義側にいました。

グローバル化のもとでは、国民というのも社員同様多くは必要なくて、非正規ならぬ人口調整しやすい外国人を受け入れることが重要なため、少子化対策とか言いながら、実は少子化歓迎だったのではないかというぐらい何もしていないという感じで見ていました。
まぁ、この件に関しては手遅れ感も否めませんが、まさかのグローバル化の終焉でどうしましょう?と思っている役人とかもいそうですね。
グローバル化は終焉しかけているのは間違いないでしょうね。完全になくせば良いかと言えばそれも違うと思いますし。
前の日記でも書いたことですが、何事も一方に走りすぎない事が重要だと思います。
国家主義が強くなりすぎれば、それはそれで弊害があるわけで。

posted by 超画伯 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月22日

何故行き過ぎるのか・・ユートピアは存在せず

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現代の格差は、自由主義が行き過ぎた結果だと思います。これを抑制するのは社会(国など)によるものだと思いますが、一方が強大になりすぎれば、それは破綻します。より良い社会というのは、その間にあるものだと思います。このより良いは、到達点がありません。故に、人には理解されにくくて、到達点の設定が必要になります。そこにはユートピア的な思想が生まれるのでしょう。
残念な事ですが、ユートピアは存在しません。自由主義も、社会主義も思想的にはまるっきりのユートピアのため、行き過ぎれば格差を生み出し破綻すると思います。それだけでなく、不満や資源の枯渇等が頂点にまで至れば、いわゆる戦争などもあり得るでしょう。法など、そうなれば意味はありません。つまるところディストピアということです。一方の力が均衡を破ったときは止まらなくなります。
それが、多くの人が参加したことだとしても、人のせいにして自分が参加していたことにも気づかず、次のユートピアを目指す・・繰り返し・・
これは時代ごとに是正しなければならない問題で、そのつど状況によって考えを変えなければバランスを崩すものだと思いますが、人はユートピアを信じますし、盲信する人ほど声が大きいのも事実でしょう。
その中には、分かっていてわざとユートピアを語る者もいるかと思いますが、それは人々を動かすための釣り文です。そんなものは最初から存在しないのです。冷めた考え方と思う人もいるかもしれませんが、ある種の成功、富を手に入れる、名誉を手に入れる、人気の獲得等、それらを少数の人たちが獲得し、多数が支える社会を生み出すための方便にすぎないと思うのです。しかしながら、これを多くの人が信じれば、破綻するまで止まることはないという認識です。そうなってしまうまで分からないのです。
色々な言葉を書いていますが、つまるところ、あまりにも出来すぎた話など無いということです。
現在の地域振興策に関して、建築関係の方は多くないでしょうか?色々な分野があるかもしれませんが、アートの中心等にもです。彼らは建築物を作るにあたりユートピアを設定します。これは西洋からもたらされた考え方かもしれませんが、このあたりを盲信している人を見かけることがあります。
まぁ方便です。ユートピアは無いのですから。それは自然界のごとくです。というか人間も自然界の中の存在でしかないということです。
より良い社会を作るためには、到達点は無くて常に考える努力が必要なのだという認識です。

posted by 超画伯 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月23日

しんどい

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この1年間ほど、体調がすぐれず、薬を飲みながら、だましだましの仕事を行っています。
人の多いところだと消耗が大きく、仕事の無い時は、極力一人で過ごしている毎日・・目は酷く疲れているので、要件以外はネットもあまり見ません。
とは言いましても、仕事が無ければ生きていくことは出来ませんので、何とか仕事はやっているという感じです。外に出るのも、PCを見るのも制限があって、許容をこえると疲弊して寝込んでしまいます。でも、仕事は歓迎です。それが無いと少なくなった接点も無くなりますし、生きていけませんからね・・
ここ何日かで大きな仕事ができました。
いつも、これで最後だと思いながら全力の作業をしていますが、ついてきたはずの体はついてこずで、色々と考えなければならない時期にきているように思います。
全力と言いましても、体調不良の全力でもありますし、実際の自分の力は出しきれていないのでしょう・・それに、結果数か月倒れるのだから、六分の力で淡々と仕事をしたほうが、合理的だし、結果としては続けることができるのだし、本当は良いと分かっています。
ただ、性格的にそれが出来ないわけです。
行く病院では、「枝葉を落とした良さもある」と、色々な先生に言われる日々・・そういった良さが、ぼくにも出せるのでしょうか?
たまたま、永瀬清子の話が来ましたが、色々と考えるチャンスなのだと思って取り組もうと思っています。
posted by 超画伯 at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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