2022年10月24日

能力の一般化

学校やら、何らかのセミナーなどでよく聞かれる、偉人の話、「こうすればこうなる」こういう話に若いころはよく振り回されていた。思うに、そういう人たちは、特殊な運と才能を持っており、同じようになれる可能性は、限りなく0%だと思われる。実際、そうなっている人を周りに見た人は、どれほどいるのだろう?
SNSなどを見ていると、タイムラインに偉人たちの格言をよく見る。今のぼくならば、それの実現が100%不可能な事を知っているので、クスっと笑うか、即スルーという感じだろうか?

偉い人の言った事なんだから聞きなさいというが、それは一般化できるものではない。
生まれた時期、場所、家、そして遺伝までもそれに関与する。真に受けると、かなりの高確率で、かなり無駄な時間を過ごすことになる。
個人的には、それは、生きている人が言っている場合は、そこに更に利益を集中させるため、亡くなられている方の場合は、それを語る人に利益を集中させるための行為のように思われる。

もちろん高い志を持つという意味では、向上心には繋がるかもしれない。その向上心以外は、自分で物事を考える必要がある。
ぼくが、何かを教えようとする場合、この格言というものが邪魔になる。が、それに乗っかれば多くは一時的に関心するために、やめられない人は多い。そして、おおくはそれをやっている。しかし、残念ながら、言っているようにはなっていないということだ。
当然だ、体力も知能も生まれた場所も時代も違う。そして、時間の流れも以前のように緩やかではない。
posted by 超画伯 at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2022年09月30日

蓋の中

世の中には、多くの蓋があって、その中にも住民がいる。
蓋の外の人たちは、それが無いものと思って、世の中は美しいと信じていたりする。
蓋の外には、多くの村があって、彼らは蓋の上の重しになっていることにも気がつくこともなく。もし、何らかの人権意識を表している風に見えたとしても、それはファッションとして消費される。
その蓋の現況となっているネオリベラリズムしかり。彼らは、それを気づかず信奉しながら、蓋の重しであり続けようとしている。
それで、この世界が続くのだと信じているのかもしれない。

posted by 超画伯 at 03:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2022年09月27日

NHKドキュメント20min. 「蟻(あり)と人間とぼく アーティスト・中村智道」ネットなどの配信予定

10773427071307967130.jpg
現在、
NHKによるドキュメント20min. 中村智道のドキュメンタリー番組、「蟻(あり)と人間とぼく アーティスト・中村智道」が配信されております。インターネット配信も行われているので、よろしければ是非見てください。

 

放送日程

NHK 総合: 初回放送 放送日: 2022年9月26日 0時〜 終了

NHK BS1: 放送日:2022年9月27日 17時〜 終了

NHK+:2022年9月26日 0時から1週間

TVer:配信中2022年9月27日 14時〜10月3日(月)0:20 終了予定

NHK オンデマンド:配信中 2023年9月22日まで

他多数配信中

よろしくお願いいたします。

posted by 超画伯 at 18:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2022年09月26日

NHK ドキュメント20min.「蟻(あり)と人間とぼく アーティスト・中村智道」良かった

645Z5386_-2-1536x864.jpg
番組、めっちゃよくできてました!NHKの皆さま、ありがとうございます!

この半年間、色々と大変でしたが、忘れられない経験となりました。
ちなみにですが、中で制作していた作品は、7月中旬〜9月1日と、1枚だけで一月半かかりました。それも最初から追い込み状態。蟻の飼育込みだと半年ですね。

次は、また、誰かをインタビューして撮影です。シリーズ名は、「Ants+ 」新しいマイノリティーの形を見つけるということで、「蟻のような」ぼくが同じような「匂い」のする人々を探す話です。あなたの所に伺うかもしれません!よろしくお願いいたします。

ドキュメント20min.「蟻(あり)と人間とぼく アーティスト・中村智道」
は、27日 NHK  BS1 にて、9月27日 午後5時から再び放送されます。
見逃した方は是非!

情報は以下に更新していきます。
posted by 超画伯 at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2022年09月05日

集団の熱狂

本を読んでいて気がついたのだけど、ぼくには群衆の中で一緒に熱狂するというー概念がない。例えばスポーツ観戦、ライブ、地域行事、国家行事、お祭り騒ぎ、そういうもので騒いでる人を眺めるだけで、その中に入った事がない。だからなのか、例えば、現在、ぼくが属している表現世界の中の集団幻想のようなものも冷ややかにみている。あるのは、個人的な対人関係だけだ。
これが何なのか、また病院で聞いてみたら分かるかもしれないが、そういう一体感のメカニズムの説明を読むかぎり、ぼくにはその感覚が無いようだ。普通は、脳内のメカニズムとして、そういうものはあるようだ。
ただ、それはそれで良い事もあるのかもしれない。
posted by 超画伯 at 03:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記