2022年05月08日

上手くいかないと作り話をして広める手合

現在、高熱が出てしまい、倒れている。少し動くとこれだ。
ぼく自身は、自分の作るものに対しては、それなりのプライドもあり、言われなくてもそれなりにやるのだが、勝手なスケジュールを作り、それ以上は無理と言えば、勝手にやらないと判断し、作り話をして広め、足を引っ張る手合が存在する。
そういう手合による負荷ははかりしれず、数ヶ月間追い込み作業のように16時間を超える作業を行い、結論としては今のような状況に至っている。死ななかっただけでもマシというものだろうか?

仕事ではなくても、おそらくはこの類いの人は存在するらしいことは、覚えもない噂を聞けば明らかだ。本当に馬鹿馬鹿しい話だが、そういう暇人は存在する。
パートナーには、むやみに人を信用するなと言われている。というのも、ぼくの行動は、基本的に他人を信用しての行動なのだが、それが良くないらしい。孤高を目指すべきとのことだ。
ぼくの脳構造に関しては、他人には理解不能らしく、そのために疑いを持つとのことだ。ぼくの制作活動そのものも不信の原因らしい。ぼくが、教育課程を経ず、いきなり物事を始めるというのも、いきなり結果を出すというのも、どうやら異様な事のようだ。それどころか、ぼくが下手に他人に物事を学べば劣化することから、今はそれを避けている。例えば、ぼくはデッサンを学んだことがあるが、それにより著しく劣化した。今は分かるが、学習障害があるからだ。不確かな情報が、ぼくの観察眼を阻害するのだ。世の中は、一般的な教育システムとして、詰め込み型にできている。ぼくが気づいた事だが、それを観察に置き換える事でデッサン力に関しては修正した。今も昔も、最も結果に繋がるのは、物や世の中の観察と独自研究だ。ぼくがインコと蟻を飼っているのも、人間に近い知能と人間に近い社会を持つ生き物からヒントを得るためだ。
ぼく個人としては、これまで歩んできた複雑な課程を脳内で変換して複雑に構築しているのにすぎないわけだが、これは普通ではあり得ない事らしいのだ。
写真新世紀を知らずに、通りそうという雰囲気だけで出したのも、どうやらぼくだけのようだ。
要は、ぼくの脳内の引き出しそのものが異常で、普通は資料というものはストレートに出るものらしい。それが出来ないからこそ、ぼくは文字をまともに書けないわけだが、代わりに行われる寄り道が、思わぬ構成を生み出すという感じだろうか?おそらく文字の引き出しも、探せないだけで、どこかにあることは分かっている。

2022年04月28日

まったく実力が足りない

正直、作家としての実力が足りないとしか言いようがない。
実力にも色々な要素があるかもしれないが、ぼくに一番足りないのは体力、そしてメンタル、あと運だろう。
これらをどうにかできるものではないらしいが、トータルで見るならば、他にも改善点はあるかもしれない。
実力が無い事で良いことなど何もない。そのおかげで苦労ばかりしている。もう少し自分の事が見えないといけないな。何か伸ばせるところがあるかもしれない。

ASD覚え書き

ASDというものに関して、多くの人は理解不能だと思う。何故そうなっているのか?など他人に理解してもらおうとしても、それは時間の無駄に終わるかもしれない。一つ言えば、下手に他人の価値観に合わせるよりは、我が道を進んだほうが良いというのがある。これは個人の判断次第だし、その人の特性にもよるかもしれないが、ぼくのケースで言えば、他人に価値観を合わせることは、大きくハンデを負うことになる。つまるところ、一般的価値観の元では、人並みの事はほとんどできないということになる。
できない事に関して、そこは努力するべきだという事を言われることがあるかもしれないが、これだけははっきりしておく。努力していても、間違いなく人並みにできることは無いということだ。人が1年でできる事だとしても、20年も30年もできることは無い。努力は重要かもしれないが、できないことは最低限でおさえておかないと、すべての面で遅れをとることになる。ASDというものの認識が低い時代の人間は、それで人生を棒にふることがあると思う。できる部分で努力したほうが、トータルとして能力を発揮できることになると思う。逆に、何故ぼくに特別にできることがあるのか?に関しても、他人には理解不能だし、そのような反応しか帰ってこないかもしれない。
もし、努力で何かが人並みに、それもわりと短期間でできたとするならば、それは障害とは言えない。そういう話をあてにしても、自分には当てはまらないと認識したほうが良いかもしれない。
努力という言葉は罠にもなり得るし、下手をすれば入院するはめになるぐらいのダメージを負うことがある。複合的な理由から、死ぬこともあるかもしれない。

ちなみに、ぼくがこの程度に文章を書けるようになるには40年以上かかった。それも、PCの補助無しでは不可能だし、文章として間違っているところがあったとしても、認識することは不可能だ。
もし、文章として何か間違っていたとしても、伝わればそれでOKぐらいに考えたほうが良い。自分が読んで理解できるか?というのは良い方法かもしれない。

2022年04月23日

悪夢 そしてうつ

今日は、疲労のせいか、昼食後寝てしまい、つい先程目覚めた。目覚めたのは悪夢のためだ。
悪夢の内容は、はっきりと覚えていないが、高校卒業の数日前、学校に行きたくない、という感じのものだった。ぼくが、そういう社会に入ることに、何の意味があるのだろう?と思うものだ。その前に見た夢は、予想外の人が、ぼくを手助けしてくれて、仕事が成立するというものだ。
そして、祖母を含め、既に死んでいる人たちの登場。
これのどこが悪夢かと言われるかもしれないが、ぼくがそこで複雑な思いにふける部分に悪夢の要素がある。
現在のぼくは、高校卒業後、何事も上手くいかないことを知っているのであり、その後の努力も、自分のASD発覚までは意味もなく空回りに終わる事も知っている。助けてくれた人も、事実は、ぼくやパートナーを陥れてきた人だった事から、何か申し訳ないという感覚に陥るものだった。そして、祖母の前で、ぼくはずっと無力で、守られるだけの存在で終わったのだ。
そして起きると、何とも言えない不安感に襲われた。ぼくは、何のために生きているのだろう?
いや、生きている事に意味などない事など、重々承知である。ただ、それだけに何らかの意味を感じとるような夢を見たりするのだろうし、そこに自らの価値を見出だそうとする。
最近は、例えば賞を取るというような、自己救済行動も、あまり意味は無くなってきている。ぼくは、仕方なく、その行動を取るが、それによって、自己価値が上がるということも少なくなってきた。結局のところ、不安定であり、自分の価値を見出だせずにいる。

2022年04月13日

多動が酷い

一応、多動を抑える薬を飲んでいるわけですが、多動が酷い。。現在は多動だと、持病と化した頭の左側の片頭痛に悩まされるわけですが、このままでは数日頭痛というコースもあり得ます。。
ですが、頭の中の思考回路が止まらずで、もはやどうにもならない状態です。せっかく静かに過ごしていたわけで、刺激も避けていたのですが、残念なことに、ここ最近の多忙で、躁状態が覚醒してしまったようです。
この状態の時の知能は、平常時に比べて明らかに高い気がしますが、弊害のほうが多く、作品制作をするにも冷静さを欠きます。今までは制作で負荷をかけて抑えてきたわけですがそれはもはやできません。
ろくなことにならないので、早く収まってほしいのですがどうしたもんでしょうかね。