2017年01月20日

何が重要か

PK_19660.jpg
重要なことは色々とあると思うのですが、何故永瀬清子の生家がここまで荒れてしまったのかは、思うに非常に単純な話なのですが、彼女が一般的には有名ではないからだと思います。
もちろん色々と偉業のある偉人でもありますし、何故?と思われるファンの方も多いのではないかと思いますが、結論を申しますと、彼女の再評価が必要な時期に来ているのだと思います。
この記事の前に、雑ながら「御用文化人」の件について書いていますが、永瀬清子の反省の念は戦後に生かされることになると思います。
実のところ、既に感染の面では問題ではなくなったハンセン病についてですが、迷信や差別は根強く、日本政府は、ここに隔離政策を続けることになります。その舞台となるのは、岡山県の長島ということになるのでしょうが、これについては隔離されている以上、アンタッチャブルな面が存在したと思います。彼女はここに関わることになります。
今現在、約束された状況下では、「これはアウトサイダーとか言って一儲けできそうだわ」とかいう魑魅魍魎な連中も出てきかねないような世の中になりましたが、当時はそうではありませんでしたし、状況は大きく異なったのだと思います。たとえ、そこで詩を教えたりしていても、必ずしも良いこととは思われなかった時代だからこそ隔離されていたわけで、要は触れてほしくないところに出入りする有名人というものは社会においてはありがたい存在ではなかったのではないかと推測します。
世の常だとは思うのですが、それよりは世の中のそういうものを美しく隠蔽したりごまかしたりしてくれる人のほうがありがたがられるというのはあると思います。そして不都合なものは見たくない人が多数派ですし、目立たれても困るのです。
しかしながら、現代だからこそ、この部分についても、もう少し再評価されても良いのではないかと思えるところが多々あります。
というのも、記念館に行っても冊子を見ても、その件に触れているのは一行程度・・何十年も行ったわけですから、ライフワークのような一面もあるように思えますが、深く書かれている資料は非常に少なく、現在でも都合が悪いのかな?とも思える状況を目の当たりにします。
そうでなければ、そういった館等が、それほど熱心でもないのか?そうだとすれば、それ以外の本業の件でも永瀬清子が再評価される可能性は低いのではないかと思えます。
基本的に、岡山県民は個人主義ですし、あまり他者に関心が無い面もあるとは思うのですが、まさか在住の岡山県民に、そのような偉業があるはずもないというような感覚もあったのかもしれません。
とは言いましても、内容的には本来評価されるべきものですし、現在だからこそ読むべき内容のものも多いのが、ここまで関わっての感想です。
現在では読めないような難しい漢字などがあるのも事実ですし、人によっては難しいのでしょう。そして、軽い感じのものは決して多くはありません。
時代に合わないとおっしゃる方もいるかもしれませんが、今の時代は誰がみても自滅路線なので、世の中をみて見習うようなものは大して多くもなくて実にくだらないもので埋め尽くされている感もあると思います。それは、劣化した世の中が見事に証明してくれているので、言うまでもありません。
それでも、やはり、華麗に自滅を隠してくれる方こそが、時代の寵児なのでしょうか・・
こういう時代だからこそ、再評価してほしい人の一人だと思うのです。
それが実現したときは、生家も絶版になった本も、自然に生き続けたり、蘇ったりするような気がするのです。


posted by 超画伯 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

高畑勲氏の本

DSC00576.JPG
わけあって、高畑勲氏の本「君が戦争を欲しないならば」をいただきました。この本に書かれている内容は、全般は自身の戦争体験の話であり、最後には憲法9条という「日本人に対する抑止力」という内容で締めくくられています。
基本的にリアリズムに沿った内容ですし、現代の日本と言いますか過去からの日本人の体質の、基本的な変化の無さについて言及されています。
思うに、これはその通りで、戦中等の寄せ書き等に書かれている文面と現代のネット等に書かれている文面の類似性を見ても納得のいくものです。つまるところ周囲の目線が気になる日本人は、あくまでも多数派に合わせるのです。それがおかしいか、おかしくないかについては問題ではなく、それについて行く・・
そして多数派が、いいね!という言葉に同調しなければ、村八分となり、干されてしまう社会についても言及されています。
基本的に憲法9条に対する考え方以外は同じような感じで、ぼくも世の中を見ているのでありますし、ぼくにとっての戦争を欲しないという考えは、グローバル資本がもたらす、超格差社会によるところが大きいのです。そして、残念なことですが、これが進めば進むほど格差をごまかすための地域振興策が行われることこそが、民主主義の崩壊を招く・・いや、もう崩壊しているか・・
ともかく、マスコミと一体となって同じようなお題目の元、御用学者ならぬ、御用文化人によって、人々を同じ方向に動かしている様子は、ぼくには異様に思えます。これも、他者の目線というものを重視する日本ならではの政策ですし、ある種の詐欺行為というものは、必ず甘い言葉や良い言葉によって行われるというのは。普通の人でも本当ならば理解できるはずです。
それでも聞こえの良い言葉に乗ることは「人に良い人だと思われるし、皆そうだろう」と考えるのが日本人で、あくまでも他者の不特定多数の目線こそが重要なのです。そして、それに同調します。西洋人のように、神の目線を第一とした考え方は日本人には無いがためにそれは起こります。神というものは教義があるにせよ、自分がイメージするものですし、それにそって自分の行いが正しいかどうかを判断しているように思えます。

残念なことに、大広告社会である現代では、それを各種媒体に拡散できる、巨大資本こそがイメージを拡散できるのですし、文化人も、あくまでその都合に沿った人間でなければなりません。ぼくは、それを”御用文化人”と呼んでいますが、この流れにいち早く乗った者こそが、より多く巨大資本の代弁者として影響力が持てるという社会に至っているように思えます。
しかしながら、日本の感覚では保守だろうが革新だろうが、これを止めることはできません。それはあくまでも良い言葉ですし、どちらの側も、グローバルな共栄圏をつくることを長年の目的としてきたからで、実のところその言ってることはどちらも自由主義をうたっているように思えるのです。それも流れに流された行き過ぎた自由主義、新自由主義(ネオリベラリズム)というものです。面白いことですが、社民党の方々が、我々はリベラル勢力と言っていることに驚いたこともあります。そして現政権などは、驚くべきポピュリズムに走った超リベラリズムの政権に見えるのです。何事も偏りすぎてはあらゆる維持のためのバランスを失うのは言うまでもないと思うのですが・・

DSC00577.JPG
この本は、高畑勲氏のサインが入った特別なものでもありました。色々とお気遣いありがとうございます。

この本ですが、永瀬清子さんの意見が紹介されています。

いつのまにか一番近い相手を
喜ばせたいのが日本人です(中略)
だから何で食うかが大切です(中略)
頭で食うのはとても危険です
なぜなら世の中が変わったら
自分が自分に頼って云うことがついできず
云えば食えず
いつかもすぐれた詩人も詩で食っていたために
政府やまわりをついつい喜ばせ
それで戦争に組したのです。

つまるところ、言ってしまえば、村八分というのが日本の社会です。
よって、ある種の既得権益に守られた中での発言ばかりが目立つのは右だろうが左だろうが同じことです。

K52S1011.jpg
不特定多数の人の目線による個の支配を表現した「スピリッツ零三」
こちらの音楽は、「きよこのくら」の音楽監督をしていただく、坂本弘道さんです。

中村智道作品 紹介動画 from Tomomichi Nakamura on Vimeo.


そして、過去も現在も日本人の体質が変わらないにしても、ネットというものによって、それは加速しているように思えるのです。

posted by 超画伯 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2017年01月16日

風雨で破損しながらも

シーケンス 01-部屋腐敗アニメーション (0-00-45-00).jpg
「きよこのくら」のアニメーションは引き続き制作中です。この、永瀬清子の蔵の中を動かすのも一苦労で、10日で3分ほど制作できる勘定です。基本的に、ワンショット3分ぐらいの猶予しかないので、その間にはしごを出して処理して、はしごを担いで撤収、シャッターという感じです。
先日の風雨で、蔵がかなり破損していて、今日はそれの修理をしてからの撮影・・直したり動かしたり壊したり撮影したり、持ち帰ったファイルを編集したりで休みは寝るときと飯のとき程度ですが、いつ崩壊するかも分からないので、はやくどうにかなるところまで撮影しきりたいところです。
明日ももちろん作業ですね・・今編集中

posted by 超画伯 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2017年01月08日

生き物としての「死」

PK_19699.jpg
今日は、術後のウォーミングアップのようなものですが、5時間でなんとか60ショット程度でした。とりあえず、これはアニメーションの一コマということになります。基本的に、アーク溶接機とノミで、徐々に壁を破壊しているのですが、鉄板の壁は、予想外に硬く、簡単には溶けてくれません。アーク溶接機を上位のものにすれば、幾分楽にはなりますが、残念な事に現在の環境では20A以上のコードを引くことはできないため、非常に地道な作業になります。
今後、最低でも、一日200ショットの撮影が必要なため、工夫が必要です。
一応脚立等を使用しているのですが、これをワンアクションごとに撤収して、撮影という形になりますので、非常に過酷な労働ということになります。計算では、200ショット撮るためには10時間以上の時間が必要そうです。それも、もちろん要領を得ればということになります。
帰宅後は、毎回編集することになりますが、これに3時間・・トータルで最低13時間の労働が必要になりますが、色々な意味で酷使することになるでしょう・・
とはいえ、このイメージこそが腐敗のイメージでもありますし、まさに生き物として、生きながら腐敗していくイメージそのものを描くことが、ぼくの重要な役割でもあると思っています。
永瀬清子の泥臭い仕事を表現するためには、ぼく自身も泥臭い仕事をする必要があると思いますし、安易なものではあってはならないと思うのです。
昨今は、口も見た目もクリーンでスマートな仕事が好感を得るのでしょうが、ぼく自身の人生経験を考えても、それはあり得ないことです。そういうのは自分ではありませんし、物事に蓋をして、良いかっこをするのはいい加減にしろと言いたいところです。見えないようにしても、その蓋の下は無残に腐敗が進行していることに気がついたほうが良い。
最終的に、この建物を死に向かわせることで、生き物としての表現をします。
そして、その生き物が見た記憶を表現できればと思っています。
ただの、「物」が無くなるだけの表現では、これから失われていくものたちの尊さを本能的にすら理解できないでしょうし。

posted by 超画伯 at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

永瀬清子について調べているものの

kiyoko02.jpg
永瀬清子について調べているものの、意外に資料が少ないのと、絶版になってしまった本も多くて、あまり読むこともできません。
あと、膨大な撮影と編集のため、時間そのものが無いというのもあります。
今日記事が書けているのも、たまたま手の手術で、作業を禁止されているからであって、明日には作業も再開する予定です。
この企画そのものが、決定から開始まで2週間足らずで始めていて、3月の解体までに先にやらなければならない事が多すぎますし、なかなか人を訪ねる事が出来ないことから、先に素材を作るという方法で制作しています。なので、当然ながら勘に頼ることも多いのですが、ぼくが聞いた断片から得られたイメージというのが、意外にも永瀬清子本人に対して言われるイメージに近いらしく、なんとなくですが、世界観をつかんでいるという気もします。
彼女の実績を追うと、戦後という時代を考えますと偉人と言える存在だと思いますし。農業から詩のヒントを得るというところにも共感しております。
ただ、世界を見る目という点では、ぼくは保守的な人間ですし、基本的には反対の思想を持っていると思います。世界が繋がったとして、どうやって治安を守り、富の再分配をするのか?ということを考えるとき、ぼくには世界の統一のような考え方は無理だというのが前提としてあります。人間はそれには幼なすぎますし、その幼さが加速しているのが今という感じで見ています。現代だからこそ見える事なのかもしれませんが、この世界は色々なバランスによって保たれていて、それが崩れ去れば力のみが支配する世界が待っているという点では、以前の戦前もそうだったのではないかと思っています。戦乱を経験している人からすれば、その状態からより良い方向に引っ張るという意味で、かつての平和的思想は有効だったかもしれませんが、現在では、そういった地球市民的意識は、グローバル資本の餌食になる状態に至っているように思えます。もちろんこれは、永瀬清子さんと、ぼくが生きる時代が違いうからこそ起こる考え方の違いなのだと思っています。その時代その時代で考え方というのは変わらなければ生きてはいけない現実というものが存在するということでしょうね・・より良い判断というものは、本当は、その時代に生きる人たちが色々と考えていかないければならない事なのでしょう。多くの人たちは過去ばかり見たり、それすらも見ず、より軽薄なものを好んで考えないようにしようという風潮すら感じますが・・

ぼくが、永瀬清子という人に対して偉業と感じる部分の一つには、ハンセン病患者との関りというものがあります。政策としては、日本は、その分野では非常に遅れた政策を当時行っていたわけですし、当然ながら差別も根強かった時代に何十年も、長島愛生園に通って詩等を教えていたことです。
記念館に行ったり、本などを読んで思ったことですが、意外なほど、この部分に関しては空白で、書かれておらず、ぼく自身はこの点に関しては触れたいと思っています。
もう一つ思うことですが、永瀬清子とういう人が書いた本も絶版が多く、残るものが少ないということが気になっています。この人が行ってきたことや、人物像を知れば知るほど、何故この人が、それほど有名ではないのかが不思議ですし、現在だからこそ読んでほしい内容の本も何冊かあります。残念な事にそれは古本を探すことになるかもしれません。

生家の蔵は、この撮影をもって消えることが予定としてあります。
ですが、ぼくが思うに、同時に永瀬清子という人の痕跡も消えていくという空気も感じております。
そうならないために、ぼくも何とか頭を使ってみるつもりですが、これは、ぼくという小さな存在だけでは不可能なことでもあります。多くの人の支えがあって、やっと永瀬清子という人が再び現代に蘇るのではないかと思っています。
彼女が師と仰ぐ、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩は、たしか、この永瀬清子さんが探し出したものだったかと思いますが、生前それほどでもなかった宮沢賢治が、有名になったのは、こういった人々の活躍があったこともあると思います。
そういう活動というものは地道な継続が必要なのではないかと思っております。

posted by 超画伯 at 02:42| Comment(2) | TrackBack(0) | きよこのくら関連