2016年11月27日

命がけで引きこもろうと思います

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ええっと・・保険かけてもらおうと思います。
というのも命がけなんですが、今回の仕事は、色々な意味で命がけであります。
内容については言えませんが、永瀬清子邸の蔵に何か月か引きこもって仕事予定であります。
最近、飲む薬も増えてしまいましたし、制作と言えば、けっこう自分を粗末にあつかうタチでして、体力低下も考えずに重労働やら、頭のおかしい作業を思いついては、人に感謝されないことばかりやっているわけです。
というわけで、迷惑を顧みず、そろそろ死ぬかもとか言いながら作業を続けるのです。
ともかく、昨年から仕事ばかりしているわけですが、今回ばかりは持ちこたえるかどうか微妙ではあります。はい、例につき、これまでの人生で一番過酷な仕事を勝手に思いついて引き受けてしまいました。ぼくはスポーツ出来ないのにスポ根なところがありまして、それにより倒れて色々と台無しにするのが特技なわけです。
とか言いつつ、その過酷な作業が筋トレになったりして作業中は持ちこたえたりするわけですが・・
ところで、この本の表紙、かっこいいですね。

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今日も永瀬清子邸に行きました・・雨ですな・・モノクロなのは理由はありませんが、デジタルにおいては何でもそれっぽくなるインチキできるモードなので使いました。今日はしんどいですしね・・
先日のライブの撮影分早く処理しないといけませんね・・しんどいけど、早く引きこもるために仕事しないといけません。

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ここ最近の仕事って、だいたい1〜2日でやってます・・そういえば・・いったい何が忙しいのか分からないのですが、何かしているそうです。
ぼくは記憶に無いのですね。
仕事の痕跡がデスクトップにあります。
つづき
posted by 超画伯 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2016年11月24日

人間破壊ツール

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SNSなどやってはいるのだけど、これって非常にしょーもないことで達成感感じさせてしまって、非常に熱量下げるツールだろうと思います。
というか、面倒なので、純粋に宣伝用としか考えることができません。
やってるSNSは今はFBだけなんですが、これが一番たちの悪いSNSであろうことは想像できます。
練ることにも至らないアイデアなどをアップしては、ストレスを安易に発散・・つまるところ才能を小分けして安売りしてるような状態で、何かコツコツとやっていこうと思っても、かなり時間を無駄にするツールでもあったりします。
あと、よく練ったことは難しいので、それが出来ない人からすれば、そういうものが存在しないほうが良いということになります。そして、それが、こういうところに集まる人の大半ということになると思います。つまるところ、安易であり、聞こえの良いことをアップすることが一番の人気集めに見えるということになるのでしょうが、正直それで、実質的実力が上がるわけもなく、時間を無駄にすることと、安易にアイデアを消費することと、ある種のエネルギーの蓄積も出来ないのだから、当然ながら仕事は劣化します。更には勝手に権力闘争とか始めたり、面倒くさい張り合いとか喧嘩とかで、生産性の乏しいしょぼい破壊活動みたいな連発で、ほんとしょーもない空間が出来上がるわけです。
こんなところで、さも実力があるように演出したとしても、所詮は張子の虎というか、そんな虎が一部でもつくような言葉すらもったいないような状態にしかならないでしょうし、結局のところ何かを作るとか身につけるというのは時間が必要な事なのだから、ほどほどにとしか言いようがありません。
まぁ愚民支配用のツールですよ・・これは・・つまるところ、考える能力を下げてしまうわけで・・

永瀬清子の関連の作品をつくるので、当然ながら永瀬清子の詩を読んでいる最中です。詩集「あけがたにくる人よ」は、かなり晩年に出版された詩集のようですが、あとがきに興味深い文章があります。

”詩を書くことは自分を削りとる事です。
すこしも自分を削り取っていない詩は世の中に多い。みせびらかす詩、ことばだけの詩は更に多い。
しかしただそれらはこちらに乗り移らないのです。”

引用とかほとんどしないわけですが、ぼくには、非常にしっくりくる言葉です。
この本が80年代の発行だったので、その時代からそうだったということになるのかもしれませんが、今は更に酷いとしか言いようのない有様だと思います。
正直、ここ10年で見ても、いったい何が豊かになったのか分からない状態で、かつて語られたSNSが生み出す明るい未来とやらは、まさに「ことばだけ」だったことが見てとれる感じがあります。

こういう時によく上がるのは成功例ということになるのでしょうが、そういうものは一定以上の人がいれば、必ず現れるのです。自分も自分も!とか思って騒いだところで、その受け皿はどうなんでしょうね?何に対して成功なのかは色々あるとは思いますが、社会全体として劣化して疲弊している以上は、そういうものも、実は減っているということなのではないでしょうか?

皆が手抜きで実力を語り、さもあるように見せる世界・・これって何が豊かになるんでしょうかね??

とか思ったりします。

posted by 超画伯 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2016年11月21日

永瀬清子の蔵についての映像作品を制作することになりました。

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わけあって、岡山の詩人「永瀬清子」の生家にある、蔵に関する映像作品を制作することになりました。
依頼主は、永瀬清子生家保存会ということになります。
永瀬清子といえば、ぼくが住んでいる赤磐市では有名な詩人ですが、当初は懐疑的で、いったい何故ぼくに・・という感じでした。
ぼくに関しては、知っている人に関しては知っているのですが、あらゆる作品を鑑賞しない人で、用事ができた場合だけ鑑賞するというスタンスで、当然ながら永瀬清子の作品についても疎いという状態でした。
ですが、それに関して人から色々と話を聞きに行ってみたり、いただいた本を読んだとき、これが現代に満ち溢れた欲心とは対極にある存在であることに気が付かされました。
彼女は、詩人であり、百姓であり、日本の一人の女性でもありました。
その中で満たされぬ想いを詩の中に見ることができますが、それは想いが届かない当時という時代にあって現実だったり、ある人物との関係の中から飾ることなくつらつらと書かれた文章を見たという想いがあります。
あけがたにくる人よ」これがいったい誰だったのか・・ぼくはその場面を今頭の中に描いています。
そして、この人を追うことが、現代という社会に疲れた、ぼく自身の救いにもなるのかもしれないとも思っています。

これは、欲心に満ち溢れた現代にそ語り継がれるものであると思いましたし、作品の制作を引き受ける運びとなりました。

posted by 超画伯 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2016年11月17日

永瀬清子の蔵

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(SONY α7/SIGMA 24-70mm F2.8 EX DG MACRO)
訳あって、岡山の詩人、永瀬清子の生家に行きました。
ここで、この家の保存会の方々と、お話をした次第であります。

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(SONY α7/SIGMA 24-70mm F2.8 EX DG MACRO)


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(SONY α7/SIGMA 24-70mm F2.8 EX DG MACRO)
ここの、お片付けに関わることになりそうです。

posted by 超画伯 at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連
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