2021年09月23日

劣っているはずの人間

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どうやら、ぼくが愛想をしても意味がないらしい事は、周りの態度を見れば分かる。
つまるところ、ぼくが分からないということと他人が分からないということでは、意味が違うと捉えられているようだ。普通なら、分からないなら教えてあげようとか、そんな感じだが、ぼくに対しては、劣った人間が生意気なという態度すら見せる。どうやらぼくを許せない人間がいるようだ。大切な賞が汚されたとでもいういうような。そんな事は、とっくに気がついてはいるが、分からないふりをしている。
とりあえずだが、障害のあるぼくは、ある種の目線を通せば、劣っているはずなのだ。そういう態度をとる人間に対しては、以前から少々苛立ちは感じていたものの、仕方のないことだろうと流してきたものだ。
まぁ、つまらない人生なのだが、たからこそ、仕方なく、そうではないのだと物を作る。なんなら、そういうつまらない人間に対しては、絶望せざるをえないぐらいの力の差を見せても良いと思えてくる。そういう連中が見えない領域を、一応は見えるわけで、実のところ運でもなんでもなく、そういうのを実力というわけだ。
あと、そうしないと、どうしても分からない人間というものはいるようだ。実にあほくさい。ぼくが、仕方がないから作っているというのは、冗談で言っているわけではない。やはり、作らないで良い状況というものが一番素晴らしいのだ。そうなることが一番の幸せだ。それに、そういうものは、生への執着でしかないのだから。
ぼくという障害者がいるとして、それが動くことで、ある種の境遇にある人が救われる事があるとしたら、まだぼくという存在にも意味があろうというものだ。
勿論、そういう意味が喪失した世界こそが素晴らしいわけではあるが、今の世が異種のものを隔離しようとするならば、未だに草は分けていくしかないのだ。

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