2019年11月30日

ほとんど記憶がない

今日というか先日あった出来事に関して、ほとんど覚えていません。学習障害が進んでいます。たぶん、ぼくは無茶苦茶話しました。岡山ショートムービー祭での話。
ぼくは、人が言うことを学習出来ないので、シネマファクトリーの吉田さんが助けてくれました。行動の手助けがなければ、ぼくは動けなくなりました。彼女は、かなり気遣ってくれたと思います。理解もしようとしてくれていました。
目の前で話されていることも一瞬で消えていきます。自分で出来ることは、感覚だけが頼りです。もはや、想像の世界の方が、現実の記憶を上回ってしまっています。何故か、想像の世界の記憶は消えないのです。耳も目も通さないからなのか。
想像の世界は、たぶん、ぼくにとって一番嫌な時代の記憶がベースになっています。生き物として、生存に関わる部分だから、本能的に覚えているのだと思います。
考えてみれば、ぼくはおかしい人間だと思われてきました。社会の中で浮いた存在。自然に、ぼくにとっての世界は、ぼく対社会という構図に仕上がっていきました。そこに感じていたのが巨大な力です。ぼく対圧倒的多数、この世界に知覚出来るものは圧倒的すぎます。ぼくの意思は、この体に勝てない。結局のところ人と同じように出来ていなければ、相互理解も無いわけです。理解しようとしたけど無理でした。
抗うことが出来ない最大の力が死です。そしてそれを避けるように塗り込まれている本能。ぼくは消えたかったのに、あの恐怖と苦しみを味わうのが嫌だ。
不安を和らげるために、ぼくと同じ言語を話す人に回答を求めたいと思いました。ずっと会えなかったので、ぼくが、それを求めたのは、ヨウムの濃太郎でしたが、彼は、ぼくが思っている以上に今を知覚しています。違う生き物なら、人間とは違う回答を答えてくれると思ったから彼を飼うことにしたのです。彼の考えは、人間のものとよく似ていました。

まぁいいや、別にキチガイでもええよ、ぼくは
posted by 超画伯 at 05:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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