2019年04月13日

洗脳の質が悪い

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人間が育つなかで、色々な洗脳をうけていると思うわけですが、 少なくとも、ぼくが受けてきた洗脳は質の悪いもののように思えます。
結論としては、体に大きく負担をかけるもので、そういうものは良いものとは言えないと思うわけです。
人間の思考力についてですが、思っているほど人間は物事を考えていなくて、行動の多くは本能と洗脳によるものだと考えています。
本能はともかくとして、洗脳に関しては、生後から受けるものですから、せっかくならば質の良いものが良いとは思いますが、そういうものにめぐり合うというのも運によるところが大きいと思います。
本能と洗脳に追いやられたチンケな思考力が考える部分としては、ぼくは奴隷になるべくして育てられていると思えたりします。
よく、社会の役に立つ人になりなさいとか言われてきているわけですが、それをしようとすることが、必ずしも自分のためにはならないという事実に気がついている人も多いかと思います。
たまたま自分のやっている事が社会のためになっているのであれば、それはそれで幸せなのでしょうし、大いにけっこうな事だと思いますが、世の中に対して大して役に立たないことを行うことに幸せを感じるという人もいるかもしれません。
ただ、その点と、社会から求められるものに対してジレンマを感じるというのもあるわけで、こういった葛藤を産み出すのも、いわゆるこれまでの洗脳のたまものだと思うわけです。
冷静に考えれば、なんで自分がそれほど世の中のために働かなければならないのか。
案外自分とは違う洗脳を受けてきた人に従事するために、そういう洗脳を受けることになったのではないかとも思えます。世の中のためというよりは、自分とは違う洗脳を受けた、数少ない人々のためと言いますか。
そもそも、日本という国そのものが、一部の支配層と多くの奴隷で成り立ってきた社会で、伝統的に奴隷気質の人々を育てる風土があるように思います。
少々の我慢を強いられますが、奴隷のほうが楽な面もあって、とりあえず考えなくて済みますし、幸せそのものを相対的なものと洗脳されているのならば、周りが同様ならば、それは不幸とは捉えられないわけです。
そういった心理って現在のアメリカによる支配には都合が良いものかもしれませんが、正直搾取され過ぎのような気もします。特にプラザ合意ぐらいから。
そんなことよりも、嫌われたくないという心理のほうが勝っているのかもしれませんし、結局のところ、うまい具合に奴隷にしてくれる主を好む奴隷というのはけっこうな比率でいるような気がします。それを他人にも求めますし、見張りますし、いわゆる村社会というか奴隷村と言いますか。

とりあえず、自分には限界がきているので、思考を変える必要ががあります。そこは頑張って考えなければばらない部分ですね。
なんで世のため人のために何かをしなければならないのかに関しては、冷静に考えなければ、完全に破綻しますので。
とりあえず自分の行いと社会貢献の不一致からくる、精神的ジレンマから解き放たれるような自己洗脳は必要そうです。
正直、この村社会から見てダメ人間でも良いのではないかと、自分に言い聞かせてみます。


posted by 超画伯 at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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