2018年10月26日

テレビもネットもつまらない、外に出たほうが良い もちろん病院からも

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福山の”さんいちラーメン”

今年の前半期は病院で入院でした。けっこうな長期入院なわけですが、そこでの唯一の娯楽はテレビだったように思われます。
当然、脳の病気であるのだから、不安で仕方がない状況・・
世の中で、自分は鬱病とか言いまわって普通に歩き回っている人は、まず嘘をついている可能性が高いです。正直そのような余裕がある病気ではありません。常に死と隣り合わせという感じの精神状態であるということです。
そんな精神状態もあるかとは思いますが、テレビは苦痛以外の何物でもありませんでした。
ただ、オッサンたちはひたすらそれを見るわけです。
毎日同じようなドラマばかり・・
頭が固まっているから、同じようなものばかりでも良いのかもしれません・・
どちらかと言えば女性のほうが会話をしていて、その中に入ったほうが面白かった。
もちろん、話すのは一般的な常識の範疇の話がほとんどですが、それでも、何か意思のある話のほうが面白いという感じでした。
人間関係は、退院するまでの一時的な関係にすぎません。だからか分かりませんが、今の妙に相手の顔色ばかり伺うような、ある意味ネットの”いいね”の弊害で得られるような、気持ち悪い人間関係はありませんでした。
まぁ”いいね”なんてのを毎度他人に求めるような人間関係というのも、ある種の疾患かもしれませんが・・”いいね”を入れたのに返ってこないと不安がる人間とか、どれほど多いのでしょう?中には裏切られたと、心の中では発狂している人もいるようですが・・
面倒くさいから”いいね”する・・多くの人も同じようにその行為を行う・・それで”いいね”が多く集まっているから、その人が人気だと勘違いする人まで出てくる・・
まぁ、虚構の世界なのだと思われます。
監視し合う社会が出来上がるので、見出しの似たようなサイトばかりになってしまいました。そして浅い・・

病院の中には若者も多く、毎日青春?の悩みを打ち明けていました。あまりに仲良くしすぎるから、「他人との距離感も必要ですよ?」というような話もしました。というのも、その距離感の無さから、すぐに他人への遠慮というものが無くなって、他人の領域に入り、最終的には関係をこじらせるわけです。まぁ、これは経験値の無さ故なのでしょうが、翌日には会う必要があるわけで、誰かが取り持って仲直りをしていました。
誰かが退院する時には、お別れ会もしていましたし、ぼくも参加していました。
とりあえず、それで関係は終わるわけですが・・

次は誰なのか?というのは、誰も分からず、数日前に退院というものは決まったりします。
ぼくの場合は、最低三か月は必要と言われていましたが、あまりの退屈さから、いつ退院できるのかを心待ちにしていました。もちろん、外に出るほどの耐性は、自分には無いものの、出てやらなければならない事が沢山あると感じていて、一刻も早く出るために、自分の症状を軽めに報告していました。
それでも、精神の混乱というものを、自分でコントロールすることが出来ないのが病気なわけで、苦しくなって薬を頼みに行く日々が続くのだから、そのあたりは見破られていたのかもしれません。

病院で一緒に過ごす人たちは、明らかに発達障害の人もいますが、いわゆる普通の人たちです。外の世界と基本的には同じような構成です。なので、ある意味ぼくなんかはかなり異端の存在のようで、あまり常識的ではなかったようです。一般的な楽しみを楽しく思わないわけですから。もちろん、ぼくが面白いと思うようなことは、あまり理解されないわけです。
情報量が少なくて退屈で死にそうですが、他の人たちは、そこまでではないようでした。
まぁ多動は、退屈はきついですよね。
しかしながら、その退屈さも治療の一環で、脳を休めるためには重要な事だったようです。
初期は、自殺防止のために独房のような部屋に入って、紐のようなものは、一切没収されたのです。本当に何も無い部屋でしたし、入院時インフルエンザにも患っていたので、完全に隔離されて、外からカギをかけられていました。
そこで、無限のように思われる時間を過ごした後、外のロビーに出られるようになります。
ここからが人間関係の始まりですが、考えてみれば、それはありがたいものだったのです。
それまでは、看護師や医者の先生が入ってくるのが、唯一の救いの時間だったわけです。

その後、ぼくも退院したわけですが、それは数日前に知らされていました。ぼくは、一緒にいた人たちには告げず、そっと出ることにしました。

退院後ですが、結局のところ、ぼくは無力でした、ピンポイントでは動きましたが、PCを使っての作業など、とても出来る状態ではなく、日々恐怖感と戦う日々・・
軽めの申告をして、早く出ようとしていたわけですが、当然歪のようなものが出てきます。すでにあるものを使って、同じような事を淡々とすることは可能でしたが、何かを新たに出力することは無理でした。
この状態は、今年の8月ぐらいまでは続いたのです。
今も以前より、遥かに弱い・・

外の世界に出ても、実のところ、世の中の単調さは、実は変わらないということに気が付きます。
決まりきったものばかりが、世の中では許されているわけで、そうではないものは、基本許されないわけです。それを、つまらないと嘆く人も多くいるのですが、そういった人たちも、基本自分と違う存在を許さないわけで、そういう人々がこの世界を維持しているのだなと思いました。

外に出たのだから、外食も楽しみたい・・人の紹介が無い店に行くのも面白い。
写真の話をしますと、このラーメンは、普通に美味しいのです。福山という土地にあっては、珍しいタイプの味で、しかしながら、岡山にあっては馴染みのある味です。
いわゆる”中華そば”というジャンルなわけです。
個人的に、福山のラーメンの味は濃い過ぎて、攻撃的であまり食べられませんでした。というのも、その濃さが腹痛を起こすわけです。ほとんどは、九州の豚骨ラーメンか、尾道ラーメンという構成です。
工業都市ならではの味の濃さなのかもしれないとも思っていました。もちろん美味しいものは美味しい。
もちろん岡山にもそのタイプの味はあって、食べ慣れてはいますが、それで体調を崩してからは行かなくなりました。
汗をかいたり、カロリーを消費する人たちの食事なわけで、皆それに慣れているのでしょう。
ただ、時代は変わりましたが、幼いころからの味を人は継承するのかもしれません。
ぼくは、基本的に珍しい味や新しい味を好むタイプなので、外国に行ったりしたら、まず日本食は食べません。まぁ腹はこわしますが、長期いるわけではないので気にしないのです。

岡山の中華そばの味は、少し甘い感じがするらしく、岡山に客人が来た時に連れていくと、甘みが強いんだねと言われたりします。
そうなのか・・と思うわけですが、基本ぼくの友人は、色々なものを食べることが出来る人が多いです。要は開拓脳なのだと思っています。基本新しい情報を求めているわけです。
個人的な経験ですが、食べれる味の幅の狭い人が持っている情報量は少ないという印象を持っています。警戒心が強く、違う世界に興味が無いし、入っても浅い・・すでに認知されている物事しか興味を示さないという感じで・・しかし、そういう人たちの言う不満の声は大きいのです。
たまたま、そういう人に会っているだけなのかもしれませんが、こんな感想を持っています。

しかし、尾道ラーメンじゃなければラーメンじゃないという感覚までになると違和感を覚えるのです。これは狭すぎるのでどうにかしてほしいという感じですが、そういう力がその土地の現状を維持しているとも言えます。
思うに、世の中は、変える力より、維持する力のほうが圧倒的に強いのです。
それが豊かな世の中ではなくても良いのでしょう。

個人的には、尾道ラーメンも美味しいけど、中華そばも美味しいですよ?
と言いたいわけです。
これも一種の豊かさですし、楽しみの選択肢だって増えているわけですから。

posted by 超画伯 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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