2018年09月25日

当然ぼくも洗脳されています

名称未設定 1.jpg

当然ながら自分も洗脳されていると思います。

洗脳といえば、オウムとかのを思い出す人もいるかもしれませんが、あれとはまた違った形で洗脳されていることは間違いないでしょうね。

世の中には決まり事が色々とありますが、それを本能的に持ち合わせて生まれてきているとは、ちょっと思えません。

決まり事があれば、物事を考えなくても済みますし、効率も良く、社会をまとめやすい・・

ある人物が「自分は自分で物事を考えられるから、自分は洗脳されていない」と思ったとしても、実際に考えているのはごく一部になると思います。

色々と行動を行うにしても、それらをいちいち考えながら動くことは非常に困難です。

物事を考える場合、ある点に着目して、それが事実なのか検証する必要があります。色々と謎解きをする必要がありますが、それはきりの無い話で、だいたい、”あるソース”に行きつくと思います。

その”あるソース”を実際に検証する人は少ないと思いますが、多くの場合、自分に不都合が無いならば、それが正しいものだと認識したりします。

実のところ、そのソースすら必要が無く、ある人や多くの人の強めの言葉だけでも、それを正しい情報だと認識したりするものだと思います。

そういったものを極力排除するのが科学的検証方法なのかもしれませんが、それで検証されるまでは、だいたい、ある人や多くの人の強めの言葉を信じることになります。

科学的検証による実証が出てきた時点で、それは”あるソース”になったりもしますが、それが事実であるかまでは検証することは、あまりないでしょう。

とりあえず、科学的検証によって、飛躍的に社会が発展してきたのは確かで、今のところ一番信頼できるソースではあると思います。

しかしながら、突き詰めていけば、そこからは多数の説が出てきて、検証そのものの信頼性も揺るがせたりしてしまいます。

けっこう、この世界の情報は曖昧なため、そのすべてを疑うことは困難極まりなく、そこで社会に都合の良い落としどころを作り出し、それを常識化して多くの人が受け入れる。。

こういった事を知らず知らずのうちに繰り返しているため、洗脳を解くことは非常に困難だし、それをすることで、社会との調和がとれなくなることもあるでしょう。

人間の脳に、すべてを検証するほどのパフォーマンスが無い以上は現代も昔と変わらず迷信に満ち溢れていることは容易に想像できるのです。

実のところ、根拠のない強い言葉が乱立するネット社会こそ迷信を乱立させる社会なのかもしれません。


posted by 超画伯 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184511788

この記事へのトラックバック
リンク集