2018年05月26日

意味がない

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何とか立ち上がろうとするも、体が重く、立ち上がることができない日々・・毎日歩いてはいますが、それがむしろダメージになって、ますます体が動かなくなってしまったりで思うように回復してくれません。
同時に、何事も空虚に感じてしまって、何を見ても面白く感じることはありません。これが病気のせいなのか、もともとそうなのかは分かりませんが、何か心の動くものを探そうとしても見つからずの状態・・日々の散歩でもそういったものは見つからずで、いったい何に期待して歩いているのでしょうか?
この世界は、そもそも面白くなかったのではなかったのか?
素晴らしいと思い込もうとしていただけなのでは?
ぼくは、何枚も絵を描いていますが、いったい何のために描いているのでしょう?そもそも意味なんかは無いことは以前から理解はしていましたが、他に出来ることが無いのだから仕方がないと思いながら、絵を描くという行為を行っていました。
その絵は、自分に負荷のかかる動画の一枚一枚です。負荷のかかる、やってる感こそが今までの価値だったのかもしれません。

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作品を作ることには、必要以上の時間を要します。要領が悪いのかもしれません。
絵を描くへりには、いつも黒く大きなカメラが置いてあります。そもそも、作品をつくるための一工程の道具にすぎなかったのですが、一瞬で絵が出るという安易さから、いつまでも作業工程の先が見えないアニメーションのストレスから逃げるための道具になりました。それほど深い意味はないのですが、それを思うとき、なんとも言えない気持ち悪さを感じることがあります。
この黒い物体は、何のためにあるのか?どう考えても、今の自分には過剰なものです。目的を逸脱しているとしか思えません。おそらく、買うときは高揚感でもあるのでしょうが、今は、それがどうだったかも思い出せません。
当然出てくる絵が面白いわけもなく、ただあるものをフレームにおさめているだけです。
新たな発見があるとするならば、素晴らしい道具なのかもしれませんが、正直絵を描く行為に比べても創造性に劣りますし、肝心の発見も出来ないのであれば、ただの黒い気持ち悪い物体にすぎません。

posted by 超画伯 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記
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