2022年04月28日

まったく実力が足りない

正直、作家としての実力が足りないとしか言いようがない。
実力にも色々な要素があるかもしれないが、ぼくに一番足りないのは体力、そしてメンタル、あと運だろう。
これらをどうにかできるものではないらしいが、トータルで見るならば、他にも改善点はあるかもしれない。
実力が無い事で良いことなど何もない。そのおかげで苦労ばかりしている。もう少し自分の事が見えないといけないな。何か伸ばせるところがあるかもしれない。

ASD覚え書き

ASDというものに関して、多くの人は理解不能だと思う。何故そうなっているのか?など他人に理解してもらおうとしても、それは時間の無駄に終わるかもしれない。一つ言えば、下手に他人の価値観に合わせるよりは、我が道を進んだほうが良いというのがある。これは個人の判断次第だし、その人の特性にもよるかもしれないが、ぼくのケースで言えば、他人に価値観を合わせることは、大きくハンデを負うことになる。つまるところ、一般的価値観の元では、人並みの事はほとんどできないということになる。
できない事に関して、そこは努力するべきだという事を言われることがあるかもしれないが、これだけははっきりしておく。努力していても、間違いなく人並みにできることは無いということだ。人が1年でできる事だとしても、20年も30年もできることは無い。努力は重要かもしれないが、できないことは最低限でおさえておかないと、すべての面で遅れをとることになる。ASDというものの認識が低い時代の人間は、それで人生を棒にふることがあると思う。できる部分で努力したほうが、トータルとして能力を発揮できることになると思う。逆に、何故ぼくに特別にできることがあるのか?に関しても、他人には理解不能だし、そのような反応しか帰ってこないかもしれない。
もし、努力で何かが人並みに、それもわりと短期間でできたとするならば、それは障害とは言えない。そういう話をあてにしても、自分には当てはまらないと認識したほうが良いかもしれない。
努力という言葉は罠にもなり得るし、下手をすれば入院するはめになるぐらいのダメージを負うことがある。複合的な理由から、死ぬこともあるかもしれない。

ちなみに、ぼくがこの程度に文章を書けるようになるには40年以上かかった。それも、PCの補助無しでは不可能だし、文章として間違っているところがあったとしても、認識することは不可能だ。
もし、文章として何か間違っていたとしても、伝わればそれでOKぐらいに考えたほうが良い。自分が読んで理解できるか?というのは良い方法かもしれない。