2022年04月24日

怪しい空間

前々から思っていた事だが、意識高い系界隈の内輪巡礼というものの胡散臭さに関しては、かなり危惧するところがあった。要はゾンビ商法の類いだとは思うが、例えば表現世界の中のそれは、かなり酷いものがある。
つまるところ、ゾンビではない人に関しては兵糧攻めのような事をして囲い込みによって落とし、ゾンビを増やすのである。当然、表では笑顔であり、良い人を演じ、内輪ではSNSでいいねの押し合い、リア充を演じて、さも羨ましいだろうという演出をする。しかし、お布施は嫌だし、笑顔で嘘をついて人をゾンビ化させるのは嫌なので、とくに羨ましいとは思わない。そこは霊感や悪徳商法、信者ビジネスの巣窟である。というか、そういうことをしなくて済むように、その界隈が胡散臭いコネで行けないような舞台に出すようになった。詐欺で志が上がるとも思えず、そういう無駄な時間を使わない事を心がけた。日本はカルトによる汚染が酷く、内輪臭も酷く、それだけに国際間で表現関係の評価に関する信用が低いと思う。とても先進国とは思えないレベルだ。なので海外か、汚染されていない海外の審査員が多いコンペなどに出すというのも条件の一つだ。
連中の合言葉に「ネガティブな事を言わない」というものがある。なるほど、自分を律する事もできないし、自らが属すグループを正すこともできないし、改善不可能である。それどころか、世の中を腐敗させるわけだから、その笑顔には注意が必要だ。詐欺のマニュアル臭は酷く、集団はマニュアル通りに動くので、思考力に乏しく、おそろしく創造性も低い。腐敗は不可避といっても良いだろう。
正直、ここまで社会が劣化したことの一つの理由として意識高い系と詐欺にまつわる話というものがあると思う。ここ最近カルト化著しく救いようがないので、関わらないのが吉である。そもそも詐欺に救いを求めるとか、政治も悪いとしか言いようがない。
詐欺を責めると悪いと言う人がいるが、詐欺は悪でしかなく、責めてなんぼである。それよりも詐欺ではない人を集団で責める詐欺の事を少しは考えたほうが良いだろう。
posted by 超画伯 at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記