2022年04月23日

悪夢 そしてうつ

今日は、疲労のせいか、昼食後寝てしまい、つい先程目覚めた。目覚めたのは悪夢のためだ。
悪夢の内容は、はっきりと覚えていないが、高校卒業の数日前、学校に行きたくない、という感じのものだった。ぼくが、そういう社会に入ることに、何の意味があるのだろう?と思うものだ。その前に見た夢は、予想外の人が、ぼくを手助けしてくれて、仕事が成立するというものだ。
そして、祖母を含め、既に死んでいる人たちの登場。
これのどこが悪夢かと言われるかもしれないが、ぼくがそこで複雑な思いにふける部分に悪夢の要素がある。
現在のぼくは、高校卒業後、何事も上手くいかないことを知っているのであり、その後の努力も、自分のASD発覚までは意味もなく空回りに終わる事も知っている。助けてくれた人も、事実は、ぼくやパートナーを陥れてきた人だった事から、何か申し訳ないという感覚に陥るものだった。そして、祖母の前で、ぼくはずっと無力で、守られるだけの存在で終わったのだ。
そして起きると、何とも言えない不安感に襲われた。ぼくは、何のために生きているのだろう?
いや、生きている事に意味などない事など、重々承知である。ただ、それだけに何らかの意味を感じとるような夢を見たりするのだろうし、そこに自らの価値を見出だそうとする。
最近は、例えば賞を取るというような、自己救済行動も、あまり意味は無くなってきている。ぼくは、仕方なく、その行動を取るが、それによって、自己価値が上がるということも少なくなってきた。結局のところ、不安定であり、自分の価値を見出だせずにいる。

ネガティブシンキング

ぼくは、基本的にはネガティブだと思う。そもそも注意力が低いので、いつの間にか危機意識が増したのかもしれない。しかし、おかげで火事などを回避できていると思っている。
とにかく、ネガティブに考えていないと、被害が拡大することは間違いない。そのぐらい、ぼくの注意力は低いのだ。これで結果オーライという感じで、一つの形だろうと思っている。
地方に住んでいると、ポジティブシンキングとか詐欺の巣窟だったりする。もはや、悪徳商法、霊感ビジネス、信者ビジネスなど数えるとキリがない。
そんなわけで、岡山の名物って何?とか聞かれたら、詐欺かなぁ。。と答えることもある。
実のところ、こういうのは岡山に限った話しでもなく、表現世界などにいれば、どこにでもある話だ。そういう場面では、ネガティブシンキングはけっこうきくらしく、怪しげな勧誘を避けることが可能だ。つまり囲い込みに合わない。
もう一つ言えば、ポジティブシンキングは隙だらけだったりする。危機回避能力が低いのか、詐欺にかかりやすいらしく、怪しげな引き寄せのなんちゃらみたいなのに引き込まれていたりする連中も多い。確かに引き寄せられているとすれば、それはマスター(何の?)に引き寄せられているのであり、ついでにお金もそちら側に引き寄せられていたりする。対価は、騙されて気分が良いとか、その類いだろうと思う。
ポジティブシンキングそのものが悪いとは思わないが、日本のそれは、何か勘違いがあるのではないか?と疑うことがある。そして、やはりゾンビの傾向があり「ポジティブシンキングにあらずんば人に非ず」の雰囲気が漂っている。ポジティブ=優秀という勘違いもあるかもしれない。そうなると集団の劣化は止まらない事になるだろう。
そもそも西洋的な考え方として輸入されたものだと思うが、当のそちらでは、ポジティブであれネガティブであれ、結果を出せばそれが正しいという事らしい。合理的に考えれば、それはそうだろうと思う。人の特性によって合う合わないはあるだろう。
posted by 超画伯 at 02:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記