2022年04月25日

世界を見る

なんとなくだが、体力が無いこともあり、それほどの重労働もできないが、まとまった形で世界を見るという仕事をしようと思っている。
身近にだが、今ある世界というものを、今一度掘り下げてみようと思っている。これまで、色々と夢やぶれ、イレギュラーのような形でばかり結果を残してきた感じだが、そろそろ自分が見てきた世界を、自分の思想的なものと一致させて作り出そうと思っている。これまでのものに、それがなかったわけではないが、より鮮明にしたい。たぶん、それはそろそろできる段階になってきていると思う。
posted by 超画伯 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2022年04月24日

怪しい空間

前々から思っていた事だが、意識高い系界隈の内輪巡礼というものの胡散臭さに関しては、かなり危惧するところがあった。要はゾンビ商法の類いだとは思うが、例えば表現世界の中のそれは、かなり酷いものがある。
つまるところ、ゾンビではない人に関しては兵糧攻めのような事をして囲い込みによって落とし、ゾンビを増やすのである。当然、表では笑顔であり、良い人を演じ、内輪ではSNSでいいねの押し合い、リア充を演じて、さも羨ましいだろうという演出をする。しかし、お布施は嫌だし、笑顔で嘘をついて人をゾンビ化させるのは嫌なので、とくに羨ましいとは思わない。そこは霊感や悪徳商法、信者ビジネスの巣窟である。というか、そういうことをしなくて済むように、その界隈が胡散臭いコネで行けないような舞台に出すようになった。詐欺で志が上がるとも思えず、そういう無駄な時間を使わない事を心がけた。日本はカルトによる汚染が酷く、内輪臭も酷く、それだけに国際間で表現関係の評価に関する信用が低いと思う。とても先進国とは思えないレベルだ。なので海外か、汚染されていない海外の審査員が多いコンペなどに出すというのも条件の一つだ。
連中の合言葉に「ネガティブな事を言わない」というものがある。なるほど、自分を律する事もできないし、自らが属すグループを正すこともできないし、改善不可能である。それどころか、世の中を腐敗させるわけだから、その笑顔には注意が必要だ。詐欺のマニュアル臭は酷く、集団はマニュアル通りに動くので、思考力に乏しく、おそろしく創造性も低い。腐敗は不可避といっても良いだろう。
正直、ここまで社会が劣化したことの一つの理由として意識高い系と詐欺にまつわる話というものがあると思う。ここ最近カルト化著しく救いようがないので、関わらないのが吉である。そもそも詐欺に救いを求めるとか、政治も悪いとしか言いようがない。
詐欺を責めると悪いと言う人がいるが、詐欺は悪でしかなく、責めてなんぼである。それよりも詐欺ではない人を集団で責める詐欺の事を少しは考えたほうが良いだろう。
posted by 超画伯 at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2022年04月23日

悪夢 そしてうつ

今日は、疲労のせいか、昼食後寝てしまい、つい先程目覚めた。目覚めたのは悪夢のためだ。
悪夢の内容は、はっきりと覚えていないが、高校卒業の数日前、学校に行きたくない、という感じのものだった。ぼくが、そういう社会に入ることに、何の意味があるのだろう?と思うものだ。その前に見た夢は、予想外の人が、ぼくを手助けしてくれて、仕事が成立するというものだ。
そして、祖母を含め、既に死んでいる人たちの登場。
これのどこが悪夢かと言われるかもしれないが、ぼくがそこで複雑な思いにふける部分に悪夢の要素がある。
現在のぼくは、高校卒業後、何事も上手くいかないことを知っているのであり、その後の努力も、自分のASD発覚までは意味もなく空回りに終わる事も知っている。助けてくれた人も、事実は、ぼくやパートナーを陥れてきた人だった事から、何か申し訳ないという感覚に陥るものだった。そして、祖母の前で、ぼくはずっと無力で、守られるだけの存在で終わったのだ。
そして起きると、何とも言えない不安感に襲われた。ぼくは、何のために生きているのだろう?
いや、生きている事に意味などない事など、重々承知である。ただ、それだけに何らかの意味を感じとるような夢を見たりするのだろうし、そこに自らの価値を見出だそうとする。
最近は、例えば賞を取るというような、自己救済行動も、あまり意味は無くなってきている。ぼくは、仕方なく、その行動を取るが、それによって、自己価値が上がるということも少なくなってきた。結局のところ、不安定であり、自分の価値を見出だせずにいる。

ネガティブシンキング

ぼくは、基本的にはネガティブだと思う。そもそも注意力が低いので、いつの間にか危機意識が増したのかもしれない。しかし、おかげで火事などを回避できていると思っている。
とにかく、ネガティブに考えていないと、被害が拡大することは間違いない。そのぐらい、ぼくの注意力は低いのだ。これで結果オーライという感じで、一つの形だろうと思っている。
地方に住んでいると、ポジティブシンキングとか詐欺の巣窟だったりする。もはや、悪徳商法、霊感ビジネス、信者ビジネスなど数えるとキリがない。
そんなわけで、岡山の名物って何?とか聞かれたら、詐欺かなぁ。。と答えることもある。
実のところ、こういうのは岡山に限った話しでもなく、表現世界などにいれば、どこにでもある話だ。そういう場面では、ネガティブシンキングはけっこうきくらしく、怪しげな勧誘を避けることが可能だ。つまり囲い込みに合わない。
もう一つ言えば、ポジティブシンキングは隙だらけだったりする。危機回避能力が低いのか、詐欺にかかりやすいらしく、怪しげな引き寄せのなんちゃらみたいなのに引き込まれていたりする連中も多い。確かに引き寄せられているとすれば、それはマスター(何の?)に引き寄せられているのであり、ついでにお金もそちら側に引き寄せられていたりする。対価は、騙されて気分が良いとか、その類いだろうと思う。
ポジティブシンキングそのものが悪いとは思わないが、日本のそれは、何か勘違いがあるのではないか?と疑うことがある。そして、やはりゾンビの傾向があり「ポジティブシンキングにあらずんば人に非ず」の雰囲気が漂っている。ポジティブ=優秀という勘違いもあるかもしれない。そうなると集団の劣化は止まらない事になるだろう。
そもそも西洋的な考え方として輸入されたものだと思うが、当のそちらでは、ポジティブであれネガティブであれ、結果を出せばそれが正しいという事らしい。合理的に考えれば、それはそうだろうと思う。人の特性によって合う合わないはあるだろう。
posted by 超画伯 at 02:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2022年04月22日

なんだかんだでやることある

展覧会終わったのだけど、まだやることがけっこうある。
とりあえず、色々と合理化して、仕事を楽にしたいところ。といっても、ぼくができることは限られているので、そこをなんとかするだけなんだが。。
ぼくは、写真はあまり注目されていないだろうと思っていたが、思ったよりも興味を持たれたようだ。
とりあえずは、しばらくは続けることだろう。アイデアは、相変わらず成り行きで変更が多いのだけど、それによる強引なアイデアはけっこう良いのかもしれない。それらは、しぶしぶ考えたものなのだが、ある種の妥協も無ければ、物事は進まなかったりする。
そういえば、2019年以前は、写真があまり良くないとか、分かってないとか、よく言われたものだけど、そういうのもあまり聞かないで良かったかもしれない。そもそも、ブログ用の道楽で何故そこまで言われていたのか。。まぁどちらにせよ、やりたいようにやるしかないわけで、独自路線で良いのかもしれない。
ところで、映像時代は、映像の駄目なところを互いに話したりして楽しんでいたものだが、写真では今のところよく分からない。というか、お前のは駄目だしするし嫌いだけど、私の事は言わないでねってのが多すぎる気がする。何度か、明確にお前の作品嫌いとは言われたな。これは身に覚えある人多いだろう。とりあえず、成長したいから、面白い批評なら聞きたいが。
まぁそういうのに合わせて何かを変える事はないけどね。良いとか面白いと思う方向に流れて変わるだけ。
posted by 超画伯 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記