2022年02月05日

ネガティブなものを無かった事にする行為

ぼく自身は、ネガティブな感情などを無かった事にする、或いは見過ごす行為は、愚かな事だと考えている。そこを見つめないと、人間はいつまでも成長できない。更には、溜まりに溜まったネガティブなものによって押し潰されてしまうかもしれない。
最近の風潮として、ネガティブな事は考えない、それは無かったことにする、蓋をするというのがある。これによって、社会のストレスは増すばかりだし、もはや関係ない多くの人にまで被害を及ぼす状態になっている。この事に気がついている人もいるかもしれないが、世の中に蔓延する、今で言うところのポジティブ思考というものによって、あらゆるネガティブな側面は無いことにされる、或いは同調圧力によって社会から追いやられている状態だと言えると思う。
ぼくは、そういうのをポジティブというものなのか?と疑問に思うわけだが、どうだろう?怒ることも、悲しむことも、人間にとっては、生きる上で大切な感情だ。自分の中にあるネガティブなものも含め、それを見つめ直した上で、解決しようとし、考えて、そして進むというのが、本来のポジティブではないのか?考えることは、人間にとって、とても重要な行為だ。
ポジティブの中には、ネガティブなものも含まれていなければならない。というか、それが正常な状態だ。
例えば、もっと広く見て地球規模で考えてみよう。もし、その中にあるネガティブなものを見ない、そして蓋をして、無かったことにして進む行為というのは、いずれ自分達に帰ってくるのだと思う。
ぼく自身は、今一度、自分を見つめ直す必要を感じている、その上で、この先どう進むのか?を考えようと思っている。今は忘れているが、この一年は、何度も死にたいと思ったのだ。自分の病気の事、学習障害のこと、世の中に蔓延する排除行動のこと、他者に迷惑をかけたこと、入院したこと、他にも色々とある。