2021年12月03日

上手く頭をコントロールすれば、たぶんできる

随分と早く目が覚めてしまった。
とりあえず、早めに体のほうの調整をしたいので、寝まくったからなのだが、ふと思ったのが、何かで世界を取ることについてだ。この事に言及したことは無かったというか、身内の間での話でしかなかったのだが、上手く頭のほうをコントロール出来れば、それは可能なような気がする。

ぼくは、よく天才だの何だのと言われてきたわけだが、自分ではそれはよく分からないものだった。ただ、土壇場では、何か大きな力を出すらしく、写真に関しては、最初からグランプリを取るつもりだったし。あの時点で、それは可能なことだと思っていた。狙っていたのだ。

ぼくについて、ギフテッドではないか?という人もいるが、それもぼくとしては分からないものだった。ただ、ぼくが上げてきた功績は、独学によるものだし、特にある分野に特化した知識をもったものでもなかった。というか、そういうものを必要としないのだ。

長年の洗脳なのか、ぼくは人よりも劣っているという認識から自信が無く、それが自らの頭のコントロールを阻害してきたような気がする。何をやっても足りないと思う癖がある。出来ないことを無理やり何年もやらされてきた弊害だ。そのせいか、何かをやるにしてもやり過ぎるのだ。それは、色々な面で弊害を起こす。

幼少から、とにかく色々と出来なかったのだが、それはお膳立てされた、
道筋通りのものであって、自分で考えて何かをやる分には、劣っていたわけではない。ただ、そのお膳立てに関しては、いつも怒られたり殴られたりで、何かあれば「出来ないのは、お前が怠けているからだ!」あと、「しんどいのは、みんな同じだ!」という洗脳。

今、冷静に考えれば分かるのだが、ぼくは怠けているわけでもなければ、しんどいもの、実際にしんどいのである。現在分かっていることとして、世間一般の平均よりは、少なくとも大分しんどい。
先日、過去の洗脳について、再び気づくことが出来たのだが、食中毒でありながら、しんどいのは、ぼくの怠け心がそうさせていると思っていたことだ。事実は、感染症なわけだが、そのしんどさは、日常の延長にすぎないと思って動こうとしていた事だ。このような思考で続けていて、体を壊さないわけがない。

子供の頃に植え付けられた洗脳は酷く、しんどくても、それはそう思っているからしんどいのだと思い込んでいた。
まずそこを改めること。あと、ぼくの頭は暴走するので、加減が必要だ。加減しながら、作るもののバランスというものを考えれば良い。そうすることで、より多くの人の理解可能なものを作ることも可能だろう。全力でやれ!と言われてきたが、全力は出す必要がない。冷静であるほうが、よほどに良いと思う。そうすれば、おのずと結果は出るだろう。思考回路そのものは、かなり個性的なものであることは間違いない。
あとは、ゆっくりと洗脳を解いていくことだろう。