2021年11月01日

先日は写真教室だったが

写真教室やってたら、発達障害のお客さんがやってきた。障害3級なのもありますが、ファッション発達障害とは異なり、あるある話に盛り上がるところがあった。
そう、ファッション発達の言っている事は、実のところ、当事者としてはあり得ないので、どのあたりが発達障害なの?という疑問しか沸かなくなるわけです。何ら群れとの価値観の不一致が無かったり、言ってることもどこぞの価値観の引用だけで、そのぐらい思考ロジックが定型なわけで、だんだん話をするのもつまらなくなるわけです。というか、こちらは、「そんなわけねーだろ嘘つきが!」という気分にしかなりません。本人は、変わった人間のつもりでいるようだけど、所詮世の中の変わってるとかなんて大して変わっていることもないわけで。
何十年も「あの人ぶっ飛んでるから!変人だから!」と薦められた人たちの定型感に、何度絶望感を感じたことか。ただの演技性人格障害なんじゃないの?と思ったこともしばしば。まぁ定型連中の話のネタ程度で丁度良いのでしょうがね。日本人特有の軽い御輿としても良いのかも?と分析してみたり。
そういうの計算高くやってる人いたら、ファッションのこと多いから皆さん気をつけてくださいね。要はそれを免罪符に良いところ取りしようとしてるだけなので。
天才の上に、失態は許せとか出来るんだから、そりゃあやめられませんわ。
そもそもガチだと失態も許されませんがね。というか大半からは存在もね。
あと、発達障害だから天才なんてあり得ませんから、そこをやたらと強調する人にはご注意を。そもそも、自分が天才かどうかなんて、当事者からすれば認知出来ない問題でもありまして。要は計算高すぎるから、当事者からはバレバレなんだよ。

それはそうと、この記事面白かった。定型の人が語る妄想や願望に気持ち悪さもあるけどね。
まぁ、この枠から外れることはないという感じだね。
posted by 超画伯 at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記