2021年07月21日

サブカルはサブカルだから良いのであって、メインカルチャーにするのは・・

オリンピックがいよいよなようだが、正直何かに当たればクズばかりで嫌になる。クズがクズを呼んでいるのか、それとも、この国そのものが、日本人自身が、我々は良い人という演出で嘘をついて作り上げた虚構なのか・・
とりあえずだが、サブカルはサブカル、これをメインカルチャーにしたところで、劣化以外に何もないだろう。そもそも創造性というものを軽視し続けた日本人には、それを成し遂げる力が無い。それがオリンピックで露呈しているとしか言いようがない事態だ。
知人にも、当たり前のようにパクれば良いじゃないという人は多い。つまるところ、「自分はそれしか出来ないのだから他人が出来るわけが無いよね?」という考えの元なのだろうか?最近は、うんざりするので、そういう事は聞かないようにするようになった。そういう行為が、過去の偉人へのリスペクトとかいう言い分も少々聞き飽きた感がある。
実のところ、誰もがオリジナルの人生を歩んでいるはずだ。そこからの学びだけでも、実は大勢の人たちの考えは、少しずつ異なる。それの再現だけでも、実はオリジナリティというものは存在すると思う。そう言えば、「世の中にオリジナルなど無い!」と言う人もいるだろうが、オリジナルとオリジナリティは違うものだろう。そもそも人間は、創造など出来ない。だから創造性という言葉があるのと似たようなものだ。もし、オリジナリティーそのものすら存在しないと言うのであれば、文明など、そもそも存在しないだろう。

個人的に、サブカルが嫌いなわけではない。が、それをメインカルチャーにして、二次創作ばかりの世界というのもどうかと思う。そういうものは淀むだけだし、当然似たような物の椅子取りゲームにしかならず、そうなれば、悪意があり軽薄な人ほど有利になるのは簡単に想像できる。自分が頑張るよりも、他者を陥れるほうが、よほど確実なのだから。それこそ、正直者が馬鹿を見るのであり、頑張る価値の無い世界が作り出される事になる。そういう状況を見てきた人々は、その軽薄さを力だと勘違いして崇めるようになっている。残念ながら、お偉いさんもそういう状況に陥っているわけで、必死に、その匂い(軽薄さ)を嗅ぎ分けているのが実情で、尊敬に値する人は少ないのではないか。軽薄なモノを見つければ実績に繋がるのだから良いと思っている人は多いとしか言いようがない、倫理観も崩壊しているし、思想も哲学も無いのだろう。事実こうなってしまっているわけで。こういうのを腐敗と言うのだろうなとは思う。それで文明が滅びるのであれば、それは自業自得としか言いようがないのだが・・心配のしすぎだろうか?
こんな中で頑張る事ほど虚しいものは無いが、本能的な面で言えば、それでも頑張るしかないのだ。

まぁ、仕方ないので、頑張る事にする。
posted by 超画伯 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記