2021年06月22日

法と経典 知識と智慧

俗語でいうところの大二病気に疾患した人が壇上に立ち、私は、凄まじい知を得たのだ!と、勘違いして、延々と意味不明の横文字を喋っている様子を想像してほしい、或いは、その現場に立ち合った時の事を思い出してもらっても良い。
色々な状況が起こり得るが、ある人は、「聞いたこともない言葉を沢山知ってる!スゲー!」と思うかもしれないし、「お前、なんか新しい言葉か格言かを聞いて興奮してるけど、本当は意味分かってないだろう」と痛々しく思う。或いは、「ひゃーっ!昔の自分見てるみたいで恥ずかしい!黒歴史思い出したくないから、ここから逃げたい!」とかいう反応もあるかもしれない。
とりあえず、それがジャイアンリサイタルだとしても、人の反応は様々だろう。

しかし、壇上の彼が、内容を理解せずに話していたとしても、単純な知識としては正解な事もある。特にテストという正解を前提に判定するものであれば、要は理解せずとも正解というものは成立する。

これは、理解の問題でもあるが、少なくとも、理解しているならば、もう少し喋り方は違ってくるだろう。
不特定多数の境遇の違う様々な人がいるのであり、物凄く分かりにくいものだとしても、何とか自分の真意に導きたい。つまり、噛み砕く必要があるかもしれない。
それは、けっこう大変な作業ではあるが、その努力の結果に対して、「おーっ!」と思う人もいるかもしれない。
それは、何だか分かるし、知識をひけらかしたものでもないし、この人は、経験的、或いは知覚的体感として、何らかの確信があるのだと納得する。そこからの質問からも、驚きべき、それでいて、なんか分かるような気がする発言が、次々と出てくるかもしれない。そこには智慧を感じる事すらある。要は経典のように、ぼくたちを導こうとしているようにすら感じる事がある。

しかし、同じ講座を受けた大二病気患者では、ひと味もふた味も違う反応があるかもしれない。「なに誰でも中二でも分かるような言い方してるんだよ!専門用語も無いし!あ〜っ!!知識無さすぎる!学も無いのに語るとか、中二病かよ!」
こういう思考を想像出来るのは、もちろん、中二病も大二病も経験したことがあるからである。不治の病ではないが、事表現世界ではよく見られる現象である。しかし、完治せず、こじらせている人もかなりいる。症状も様々であり、他者である彼らの深さや多様性をぼくが知るよしもない。それに、共鳴する事も無い。それでも、尊師のようになっている人もいるが。。
ちなみに、ぼくは高卒であるから、大学でもないのに、独学でそれを発症したことになる。

もう一度似たような事を少しだけ具体的に言うが、突然、日本国憲法の条文やら、「我思う故に我あり!」とか言われて、何の説明もなく、呪文のように延々と意味不明の言葉を話している状況を想像してほしい。そもそも、法やら格言やら四文字熟語など、解釈無しでは理解も出来ないものが多々ある。
そして、彼は、勝ち誇ったかのように思うのである。
「俺は真理を語った!どうだ!お前たちには、この高み、ついてはこれまい。」
妄想の中で、彼の背後には、スタンドのように、デカルト尊師やら亀仙人やらが立っている。無敵状態と言っていい。デカルトは凄い人なのに、なんか台無しである。
いや、ついていけない話は、とても好きなほうだし、深みがあるほど知りたいとは思う。
しかし、これでは、本当についていけないし、得るものは無さそうだ。時間が惜しいし、そもそも、なんで恥ずかしい思いをこちらがしないといけないのか?

要は、何が言いたいのかと言えば、同じような事を言う、或いは表すとしても表現力とそれの強度が必要だということだ。
特に、学の無さそうな人(※実際はある)が、驚くべき表現力を見せることがあるが、それは深淵であるし、現代の経典のようでもある。
真理が無い、「無」である現代という時代において、生きることを考える。これは、はるか昔から、「私」も「世界」もそうではあったが、現代というのは、雑音の時代でもある。その中での「無」である「私」を確認しようとする作業は、どれほど困難な事であろう?
それは稀有な人生でありながらもありふれた人生の経験と知覚的体験、深い洞察、そして、消化。それを「自分」にも分かるよう、方便も含め、他者に伝えようとしている。それは「私」の中にある、別の感覚である、孤独であり、言葉では触れることが出来ない「私」に共鳴し、そして感動する。それが、たとえ他者の感覚であり「私」には体験が無いのであり、感覚は会うことも出来ず、分からないとしてもだ。
そういうものが、どこかから見て東に住んでいる、ぼくらが長い年月を経て培ってきた文化であり智慧であることも忘れないでほしい。

今日、「僕という容れ物」を読み終えた。
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※実のある学は、実体験から得られる事は多いにあると思う