2021年06月09日

自己肯定感の話

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 ぼくには、驚くほど自己肯定感が無い。仮に、そのようなものが表れても、歪な形でしか表れない。

先日の話だが、弟が見舞いに来て、必要なものを置いていった。
だいたい、弟は、世の中の物事を綺麗事に収めたいところはあるが、うちの兄弟に、自己肯定感が無いのは、その通りだ。殴られて育ったし、出来ても褒められない、それ以前に出来なかった。「殴れば、漢字も覚える、逃げるから覚えないんだ」と殴られたが、ぼくは未だにその頃の漢字を書けない。何の事はない、カラクリは、学習障害によるものだったが、当時はその考えは無かった。運動能力も極めて低く、走ると動きが気持ち悪いと言われ、ますます萎縮した。ぼくは、人との違いを見せてはならない事を知っていた。いじめの餌食になるだけだからだ。だから、本気を出していないだけだと演じた。秘めた力を持っていると。だが、当時、クラスで一番何も特技が無かったのはぼくだった。いつかは、努力で救われるとは思っていたが、その希望を頼りに生きてきた事もある。

現在の、事情としては、外の世界での軋轢だろう。
敵と味方の比率としては、2:6:6、敵、味方、無関心および傍観者の比率らしい。ぼくには、健常者のそれとは一致しないだろう。皆、条件は同じというが、たぶんそれは数字による思考停止だ。平均値を述べているのだろうが、皆同じではない。
ぼくには感謝がないというが、実のところ、そこを通りすぎている。でもまぁ味方がいないわけではない。
そこを見るべきだという意見だ。

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友人が「中村さんは、凄い賞も取って、実績も凄いのに、なんでそういう雑音を聞くのか?」「自分とは異なる、素晴らしい力を持った人たちに出来ない仕事を任せて、自分を楽にする、そうすることで、今よりもぐっと楽になるよ」「雑音には何の意味も無いから」

そうかもしれない。
味方もいる。
ぼくが見ているのは、過去の亡霊なのか?たぶん過去にぼくを認めなかった人の多くが、ぼくを認める事は、ほとんどないのだ。過去に戻る事は出来ないし、そこに戻って、自分を認めさせる事も出来ない。大人になって賞賛を仮に受けたとしても、それは自己肯定感には繋がらない事に気がついている。それどころか、何が凄いのか、さっぱり分からなくなる。自己肯定感の低さからくる悪循環だ。どこかで折り合いをつけなければならない。幸せになりたいが、方法が分からない。
今、ここに生きている人の多くは、自分の居場所を守る事に精一杯。その中の最底辺だったぼくが、逃げ出したいのに、そこに固執することは、実に矛盾している。

ぼくは、賞を取っても賞賛されても充たされない。それどころか、その中にある雑音ばかりを聞こうとしている。
たぶん、心の奥に、そこが自分の居場所なんだという意識がある。

入院して読めないが、直前に一冊の本を買った。
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ぼくは、彼と会って、仕事をする事に、今のところなっている。仮に、コロナ等の事情で無くなったとしても、会う事にはなるかもしれない。
彼は、黒人と日本人のハーフとでも言うのだろうか?今は、この言葉も差別なのかな?
それは良い。ぼくは団体で、「そういうことにしている」人々には興味がない。
彼は、彼自身だ。複雑さを持っている。
序文だけは読めた、親子に近い年齢差もあるが、少なくとも、ぼくよりは成熟した考えを持っていると思った。ぼくは幼い。
だが分からない、人の心の中は複雑だ。

何か回答があるだろうか?








自殺を思いついた


あることをきっかけに、死のうと思った。色々な積み重ねもあるが、ぼくが生きる事と死ぬことを天秤に量った結果だ。疲弊もしていたし、死ぬほうが、よりベターだと感じた。
夜から、翌日にかけて車の中で考えていたが、血栓の薬も飲んでなかったし、脱水症状は起こしていたので、これは渡りに船だという気分だった。もう少し我慢すれば、不可逆的な状態になり、楽になれる。やっと無になれると思った。
あと、病死に見せかければ穏便に事を済ませられるだろう。
ぼくは、ぼく自身が発見されないよう移動する必要を感じて荷物をまとめる必要性を感じた。
なんか、両足もつって痛いが、少しは動ける。今のうちにまとめようと思ったが、確認するとパートナーの車がある。
車が無くなるまで待とうかと数時間。いつまでも車がある。待つしかない。

友人に電話をかけてみる。
「なんか、疲れた。仕事でも探しにどこかに行こうと思う」
仕事があれば良いのだが、今すぐには無いだろうから、これは嘘だ。どこかに行きたいというのだけが本音だ。
友人は答えた。
「それは、計画的にやったほうが良いですよ!」
「...................」
そうか。。計画的。。

その後、母親に、元気か?と電話をした。母親は異変を感じたのか、姉に電話をしたらしく、姉から電話がかかってきた。
「何かあったん?おかあさんが様子が変だと言ってた」
ぼくは、「いんや、なにもないよ?元気か?って聞いただけ」
と答えた。
「あっそ、じゃあ何もないね」
そこで電話は終わった。

とりあえず、待ちきれないので、荷物をとりに行こう。一刻も早く準備しなければ時間がない。

強行的に荷物を片付けるために、店に入った。自殺に失敗したときのために、売り物としてカメラもまとめておこう。とりあえず、どこか死ねる場所に行かなければ。

そこにはパートナーがいた。残念ながら。。

「荷物をまとめたら出ていく」
ぼくは、片付けを始めたが、意識が朦朧としてきたし、足がつって、どうにも痛い。食事も水分も拒否したし、気がついたら救急車を呼ばれていた。余計な事を。


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救急車では、色々と聞かれたが、そのあたり、どうもよく覚えていない。微熱と、高血圧。脳梗塞の時に比べれば低いので驚きはなかった。
その後、処置をされて、岡山精神科医療センターに移動。
兄弟とのやりとりがあったが、最悪だった。ここに書くべきだろうか?病院の記録には残っているが、ぼくは、より死ななければという意志が強くなった。医師から見てもその状況はよほど酷かったらしく、もうその兄弟には会わせるなという指示を看護師にしていた。
「ぼくは、やはりゴミだし、この世にいないほうが良いことも意見が一致している。生きていても仕方がない」
「先生、この状況、ぼくが怒るのは、おかしな事なんでしょうかね?こういうことの積み重ね」
「世の中の人たちは、ぼくをぼくと見ない。ぼくイコールASDで、これだからASDは!ですべて片付けられる。何か間違いがあれば、すべてがASDであるぼくの仕業になる」
「今回もそうだ、ASDだから人間的な感情がない、お前は人間じゃない、そういう回答ばかりがぼくには聞こえてくる」
先生は
「中村さんが怒るのには正当な理由がありますよ、現在、中村さんには、何かの精神疾患的な症状は出てないし、状況も理解出来ている、なので、強制的に入院させる事も出来ません」

入院には、ぼくの意志が必要とのことで、ぼくは即座に、入院を拒否した。
ただ、周囲の圧力で、ぼくはサインを書かされることになった。
ぼくは、現在、岡山精神科医療センターに入院している。

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入院二日目の事だけ書いておく。
ぼくは、部屋の外に出ないようにと言われていた。コロナ禍だし、ぼくには脱水状態の後遺症で熱があった。

外から人の会話が聞こえたので、気になってドアを開けた。
三人の入院患者が椅子に座って会話をしていた。
その中の、年上の女性が、話しかけてきた。

女性「依存症?」
ぼく「依存症ってなんですか?」
女性「私ら三人、み〜んなアル中、なんで入ってきたの?」
ぼく「いえ、自殺をしようとしたら入れられちゃったのかな?なんか、処置されて生かされちゃいました。」
女性「それは生きてて良かったじゃない。」「自殺なんかする前に、酒飲みなよ〜!酒はいいよ〜!死んだら駄目。」

それが今回の、最初の患者とのやりとりだった。