2019年08月16日

所詮サブカルが限界なのか

645D9549.jpg

最近、サブカルの面白さが分かりません。
そもそもあるものを焼き直すだけの文化でもあり、これをアートとして見るのにも違和感を感じてしまう事もあります。
あと、新しいものが登場してくる時にある、独特の緊張感もありません。あくまでも、慣れ親しんだものを焼き直しして、それを高度なものだと多くの人が錯覚しているだけのように感じます。文化としての発展性というか、少なくとも社会を何らかの形で向上させるものには見えないわけです。
とりあえず、日本人は、昔から他者を真似る事を好みます。僕の周りを見ても、ほとんどそうで、焼き直しから、受験テクニックのように、無難であたかも答えがあるようなものを作り、何らかの形で庶民受けする作品を作っているだけのように感じてしまいます。

今は、景気も悪く、とりあえず売れる作品というものが尊いことになっている気がします。となると、芸術など興味のない人々を対象にしたりするわけで、ある種の分かりやすさ、あと品の無さも必要かもしれません。別に意味もなく、風変わりな下ネタでもOKだったりもします。そこに、深い意味でもあれば、それは感心するのですが、別に珍しくもないものが大半だったりするわけです。
とりあえず、売れるものが最も尊いのであれば、日本においてはアイドルでしょうか?そういったものが、文化の頂点として君臨することになるのでしょうか?

個人的には、新しいものを知りたいので、科学とかのニュースのほうがよほどに面白いと思っています。何度も見たネタの焼きまわしには飽き飽きしているのです。そして、それは人から知性を奪っているようにも見えるわけです。
皆、頭が悪くなることを望んでいるのでしょうか?と思えるぐらい、最近は色々なものが酷くなったように思います。
人に好かれる要素として、頭が悪そうに見えるというのが実際あるように思えます。少年漫画等でも、バカが世界を救うようなネタが尽きないような気がします。実際、世の中を見る限りそんな事などあり得ないわけですが、多くの人はバカに親近感を抱き、共感するようになったと思います。一国の首相等でも、頭が悪そうに見えたほうが可愛く見えるのか、好かれたりします。それに何らかの安心感を覚えるのでしょうが、バカがトップで安心する世の中ってどうなんでしょうかね?
とりあえず、日本人は、そういう文化を作ってきたように思います。

多くの人は、劣化していく世の中に馴染もうと必死です。落ちていくスパイラルから逃れられない流れを作り出してしまっています。その事に気が付いたとしても、空しくなるほど世の中は無関心。
とりあえず、周りが皆同じで、バカなほうが安心できるということでしょうか?バカは分かりやすいから?それでは、ますます皆バカになってしまうような気がします。

個人的には、新しいものが見たいと思っています。そんなものがあったのか!と刺激を受けたいわけです。ですが、世の中を見ても、サブカルまでが限界という感じに見えてしまうのです。見たこともないものに反応できる人はほとんどいません。
何らかの文化があるとして、サブカルに取り上げられるとして、それに深い意味はあるでしょうか?サブカルはサブカルがサブカル内で有名になり盛り上がれば良いというような振る舞いをしているように見えます。それほど広い視野を持っているようにも見えません。
サブカルが尊い芸術・・それも、もうそろそろ終わるのかもしれませんが。
posted by 超画伯 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記