2018年11月30日

ぴえろ

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尾道のショットバー、ぴえろに行きました。
と言いましても、24時間ほど前の話です。
ぼくは酒が飲めないので、ソフトドリンクだけです。

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何故行ったのかというと、知人の店だからです。
行こう行こうと思いながら、タイミングが合わず、行けていませんでした。
ですが、一度行ったので、次からは楽に行けそうです。

ここのママさんは、とても面白い方で、話が面白いです。
手相について話しましたが、ぼくは長生きするらしい。。
うーん、先程までぐったり寝たきりだったので、今日記を書いているのですが。。
ちなみに、ぼくの運命線は異常です。おそらくほとんど存在しないような長さ。上から下まであり、更に手首を一回転、それが更に手のひらまで伸びるという感じ。
しかし、一体どんな運命を抱えているのかは知るよしも無しです。

posted by 超画伯 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月29日

爪がはげた

昔は、そんなことはなかなか無かったのですが、爪がはげました。
ここ最近よくはげるような気がします。
たぶん、しんどくてフラフラしてることと関係がある気がします。
足が上がらず、すぐに引っかけてしまいます。
先日は動けずで、それでも少し歩こうと思ったら、爪をはいでしまいました。おとなしく起き上がらなければ良かったのかもしれません。

今日も起き上がれません。口内炎だらけですし、だるいです。
頭痛も酷いですね。
とにかく動けません

これから冬が来ます。
自分にはしんどい季節ですね。

関係あるませんが、うがい用のイソジン薄めた水を大量に飲んでしまいまいました。口内炎だらけだから、消毒用に作ってくれたものだけど、お茶と勘違いしてしまいました。
一気に飲んだので気がつきませんでしたが後味でイソジンとわかりました。
胃が少々気持ち悪いです。
でも免疫弱って雑菌だらけだろうから、案外良いかもしれませんね。


posted by 超画伯 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

とてつもない日本の劣化

ネット黎明期から十数年ぐらい、ネットでは日本は素晴らしい!
とか、やたらとキャンペーンがあったように思う。
何故か比較対象は韓国だったような。。
その、しつこいまでのキャンペーンの結果、人はそちら側になびき、テレビも雑誌も日本凄い一辺倒。。つまり、日本のすべてが素晴らしく、その国の一員である皆さんはすべて素晴らしいのだ。
結果、勘違いした連中が、月まで登るような勢いで調子に乗る有り様だ。

正直、きちんと頑張っている人を誉めることは重要な話だ。なんだがこの国は少し違う。そういうキャンペーンをすれば誰でも誉めてしまうのだ。
結果、なんの努力もしない連中まで有頂天になり、更にその輪は広がり、多くの人がそちらに流れれば雪崩をうつように流れ、悲惨な有り様になっているように思える。

世の中を観察してみる。
何故かアホなふりをする人が実に多い。特に女性だ。どうやらそれが可愛いことになっているらしく、それを支えるのはそういった女を好むアホな男がいるからというのもあるだろう。
おそらく、賢い女性とかプレッシャーで、自分の方が劣っていそうでプライドが傷つくのか嫌なのだろうと推測する。
しかし、アホと話して楽しいだろうか?少なくとも退屈で仕方ないだろう。アホのふりなどせず普通にしている方が良いに決まっていると思うんだが?アホを重宝するとか、アホ以外の何者ではないだろう。これは、アホとアホの共依存かもしれない。
当然、女も日本人だ、皆同じでなければならないわけで、そうなるとアホばかりでなければならない、賢い女など許せない。そうなれば賢い女もアホなふりをしなければならない。
男が相手なら、差別問題を引き合いに出せるかもしれないが、同性ならば、そうはいかないだろう。
そうしているうちに本当にアホになってしまうのかもしれない。

そして、そのアホ行為を推奨するTVとかの女性言論人。そう昔不倫してた婆さんのあまさんとかが不倫推奨とかしてるあれだ。
思うんだが、そういうことを本人が自分の責任で行うのはまぁ仕方がない。だが、その影響力を駆使して推奨するとかどうなんだ?自分がやってたからOKって、つまり自己肯定含むと思うんだが、なんか違うと思うんだが。。
そういえば、別件だが、十年そこら昔には、やたらとネットに女が風俗嬢を尊敬するとか書いてたもんだ。残念ながら、これは日本人には言ってはならない発言だったように思われる。現在はかなり勘違いされた価値観として定着してしまったように思う。そんなこと言ったら、アホほど月まで登ってしまうのが日本人だ。当然ながら、きちんとした哲学なんかもっているわけもないだろう。そもそもそんなの持ってたら嫌われる。
しかし、そういうのはやはり、ある種のリスクはあるべきだし、人目をはばかるものだろう。快楽主義でリスクもなく、恥もなく立派で尊敬の対象って。。そんな経験一度も無いわ。羨ましい。そりゃモラルも崩れますわ。
それらの波状攻勢で、世の中のビッチ化は、もはやとどまることを知らない。

ダメなやつが、早くこっちにきて楽になれよ!とかいうゾンビ化現象が実に増えてしまった。堕落とかって自慢できるものでもなければ、人に推奨できるものでもないと思うんだが?
勝手に堕落するのであれば、それは多いに結構だと思うが。

やたらと逃げることを推奨してるのも違和感だ。逃げを推奨しても、逃げないやつは逃げない。しかしながら、今の日本の有り様では少しでもその気がある連中は、雪崩をうって逃げるだろう。
そうなれば、逃げない人間には、更にしわ寄せがきて、それこそ過労死するかもしれない。そう、そういった人間は推奨しても逃げず、破滅する可能性は更にアップするだろう。
逃げるべき人間は、結局は逃げない。その人に逃げろと言っても無駄に等しい。
逃げるのは、もともとその可能性があったやつばかりだろう。

皆、楽なほうに逃げるのがもはや常態化しつつある。それが一般化すれば、破綻するまで止まらないのが日本人だ。ひねくれ者や日陰者や変人以外は皆そちらに流れるのだ。
当然TVや雑誌は人に見られないと商売にならないから、楽で気分のよくなることしか流さないだろうし、人が楽で気分が良くなることを言わないと言論人にも人がついてこない。結果として、楽を推奨する言論が当然支持されるだろう。
厚底靴の流行のように、これは破綻するまで止まらないのかもしれない。
つまるところ、社会の破綻だ。
「これって今の流行りだから」って決め台詞なんだろうな。印籠みたいなもんだ。

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2018年11月24日

人は格言を好む

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以前から思う事ですが、ぼくが話をするとして、人は格言を求めていると思います。
何かをするとして、その行動の大義名分も必要らしい。
例えば、作品トークの時に、永瀬清子は根っからの平和主義者であると断定する発言を求められたときに、ぼくは、分かりませんと答えました。
人には側面がありますし、永瀬清子が戦争当時に戦争を反対しなかった事は事実で、肯定するような詩もあったらしい。戦後の戦争反対というのは、それが許された世の中でのものです。だからと言って、平和主義者ではないとも断定はできません。その時代によって、平和の概念というものは異なるわけで、現在の価値観のみで、本人が平和を求めていたか否かは分からないのです。当然ながら、ある程度生きている方ならば、ある時代、良いとされていたことが、実は悪いことだったという出来事の経験ぐらいはあると思います。それも、また逆転するかもしれません。
なので、「永瀬清子は根っからの平和主義者だ!」「平和とは、このような行動をすることだ!」とは言う事はできませんでした。そういうことは断定せず、何かをつくるという意味でも、常に考えていたいとも思います。
基本的に嘘は綻びが生じるので、作品については極力言わないようにしていますが、個人的に格言らしきものは持っておらず、そのような発言は出来ないわけです。
ですが、格言が重要な事は分からないでもなく、その格言を聞いたところで、人は物事を考えなくてもすむようになります。ある種の出来事や、人物像、思想的なものは、そこで固めることが出来ます。
最も重要な事は、そこで何かを考えなくても良くなることだと思います。
善悪の概念もしかりで、その善悪の定義が固まっていれば、そこからは何も考えなくても、それに従えば良いわけです。事実として起こりうる弊害については、誰も考えなくても良いわけです。
常に物事を考えることは不安が付きまといますので、そこで思考を停止させてくれる発言があれば、問題は解決された気分になれます。格言にはそういった意味もあるように思いますし、故に権威ある、もしくはありそうな人が言う事に意味があるのでしょう。
ですが、問題としては、それでは破壊と創造というものは出来ないわけで、新たな考えを導きだすこともできません。
思うことは、この格言でガチガチに固められた世の中というものは、変化よりも維持する力のほうがはるかに強いということ。
流れとしては、現在の格言の力として、商業の力が圧倒的に強いということ。そして、彼らの格言によって、実は、ほとんどの人たちが生きにくい世の中が維持されているということでしょうか。
しかしながら、その格言は多くの人たちを救うことは、おそらくは無いということは、薄々知られていくことのように思います。
格言の主を支えるために、その格言に乗っているだけであり、馬車馬のように働いても、ほとんどの場合、その対価はいつになっても帰ってはこないでしょう。
そういうピラミッドを形成して、現在の形を維持しているように見えます。その維持しているものとはトップの安泰であり、搾取のテクニックのようにも思えたりします。

posted by 超画伯 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月20日

きよこのくら 福山上映


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2018年12月 サロン薔薇と迷宮にて上映
12月12日(水)19時開場 19時半上映 
12月16日(日)14時開場 14時半上映
中村監督のトークあり 
今年1月の上映会は、中村が入院したことにより中止になり、多大なご迷惑をおかけしました。お詫びとして、未公開映像を公開予定 20分程度
※入場券の他、ワンドリンクオーダーお願いいたします。
サロン薔薇と迷宮 広島県福山市東桜町8-2マルイビル1F
上映案内は随時更新してまいりますので fb永瀬清子生家保存会 及び
公式サイト www.nagasekiyoko-hozonkai.jp を閲覧ください!
入場料金1000円
※制作支援のお礼としてお送りした鑑賞券は、こちらの会場でもお使いいただけます。
サロン薔薇と迷宮上映会でのお問い合わせ、ご連絡は 090-7377-8618

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↑クリックで拡大します。

制作 永瀬清子生家保存会
監督 中村智道
プロデューサー 月影詩歩
詩の朗読 二階堂和美
音楽監督 坂本弘道
チェロ独奏 坂本弘道
ヴァイオリン・ヴィオラ演奏 向島ゆり子
効果音 岩野直人
出演 横田都志子 小林一郎 井奥行彦 なんばみちこ 疋田邦夫 白根直子 村橋こまち
撮影 中村智道 川端路子 
アニメーション・編集 中村智道
英語版字幕 川端浩平 Sean Mahoney
posted by 超画伯 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 上映会
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