2018年06月21日

起き上がれない

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起き上がるだけでも、ものすごいエネルギーが必要です。
なんか寝たきりになってしまったように重いですね・・
思考力も無くて、色々な気力が消えました。

posted by 超画伯 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年06月15日

Super TAKUMAR 55mm F2 か F1.8

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(SIGMA SD Quattro H/Super-Multi-Coated TAKUMAR 55mm F1.8 開放)
最近の大きなレンズは、おそろしく高解像ですよね。2010年代すぎたころから、急激にレンズの高性能化が進んでいます。
でも、値段も大変に高価で、普通に見る分には人間の目では認識できないのが現実で、画像を等倍してみると色々と分るといった感じです。もちろん大きくプリントする場合にはこれも意味があるのですが、自分が使うとするならば完全にオーバースペックです・・

古いですが、一応AFも付いたFA 50mm F1.4も持ってはいるのですが、なんかTAKUMARのほうが画質が良いんじゃないか?と思って、そちらのほうが使用頻度が多めな気がします。特に四隅の画質なんですが、中央に比べて一定感があるような気がします。
で、使っている中では、設計が古い55mm F2が、一番画質安定してるんじゃないか?と思っているわけです。

SDQH1506.jpg
(SIGMA SD Quattro H/Super TAKUMAR 55mm F2 開放)
ただ、画面の収差はF2はF1.8よりも大きな樽型で、画面の正確さをとるか、均一な解像性能をとるかで使い道は異なったりします。
F2なんですが、設計に無理が無いのか、開放から四隅まで均一に解像する感じです。これはすべての絞りで言えることで、f2からf16まで、すべての絞りが現代の使用でも問題なく使えて、非常に安定しているという感じです。
これは開放付近では50mm F1.4よりも明らかに優れていて、この流れを引き継ぐFA 50mm F1.4よりも発色とコントラスト以外の面では優れていると感じるわけです。ただし、FAはともかくTAKUMAR 50mm f1.4に関して言えば、自分のはSMCの放射能が出るトリウムレンズなわけですが、F4以上では55mm F2よりも優れていると感じます。これは現代のレンズと比べても良い勝負をするのでは?と思えます。
まぁ、マニュアルフォーカスなわけで、オートフォーカスよりも画質が安定しやすいというのはあるのかもしれませんが、こんな古いレンズでも、今でも十分に使えるわけだから、何と戦うわけでもなし、これで十分と最近感じるわけです。


posted by 超画伯 at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年06月11日

オクラの苗

SDQH1475.jpg
毎年なんですが、オクラを植えています。
5月に種をまいて、今やっとこの程度ですが、月末ぐらいから一気に大きくなります。
で、これがけっこう出来るわけですが、はやく大きくならないかなぁ・・

つづき
posted by 超画伯 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年06月09日

鬱は心の風邪なんかじゃないだろう

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なんとか立ち上がらなければと思うのですが、立ち上がる気力がありません・・
といいますか、手が震えて絵が描けません。

鬱は心の風邪とか言われているようだけど、そんな生易しいものじゃないだろう。人にもよるかもしれませんが、とにかく治らない。この世から去りたいと思ってしまう。なんとか生きる理由を探そうとしても、生きることの意味の無さを頭が語りかけてくる。体重もどんどん減っていくし、いさつ起こるか分からない発作におびえる日々。発作は、ぼくの場合頻尿が起こって、一日に何十回もトイレにいってしまう。そして脱水症状を起こして、死ぬような苦しみを味わう。考える能力が著しく低下するものの、この世の意味の無さを的確に心に教えこまされる。

なんとか、普通の状態を意識しているものの、実のところ、あらゆるものの興味を失っています。
もしかしたら、回復の手助けになるかもと、写真を撮りながら散歩と考えていたのですが、実のところ、あまりシャッターを押していません。
この世に見える、あらゆるものがつまらないからです。
震えるファインダー像を見て、今の自分の状況を把握して、自分はもう終わっていると、頭が語りかけてきます。

今年になって、何度死のうと思ったか・・この病気は、明らかに死と隣り合わせです。

SDQH1452.jpg
もう少しマシに絵を描けるようになると、世の中が好転しているように見えるのでしょうか?
写真はくだらない・・色々と見ても目新しいものがない。
セットを作って創作しているようなものもありますが、こんなのは映像の世界では当たり前のことで、動画も含めれば珍しいものではないし、映画を作るのなら当たり前のように見るでしょう。1作のコストと時間のかけ方が違うからです。それを写真で撮影してみると良い。照明も完成していて、驚くほど綺麗に撮れることが分るでしょう。
風景?劣化風景のどこが楽しいのでしょう?そもそも、あまりにも嘘くさい。
物事をありのままに捉えるという方向で、レンズが進化していることは理屈を聞いていれば明らかだけど、本当にそんな感じに見えるのか?本当は中央の限られた範囲しか解像してないのが、現実の目じゃないか。色も嘘くさいし、周辺減光など、あるのも無いのも虚偽じゃないか。そもそも、人間は視覚を理解するほどの知能が無いのが現実でしょう?

手が震えなければ自分は動くのでしょうか?やはり動かないんじゃないでしょうか?それでも震えないほうが良いです。可能性がありますから。
毎日焦るのに、心に動力がありません。
作品を創る?「創る」などという言葉は人間にはふさわしくない。「作る」が限界だから「創る」は使いたくない。

一つ良いことを言えば、鬱には波があって、今現在、悪い中でも比較的良いということです。今、これを書いているのもそういうことです。

posted by 超画伯 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年06月07日

中華レンズが個性的だなぁ・・

DSC02429.JPG
とか言いながら、これは韓国のレンズで撮ったものです。
SAMYANGの場合は、けっこう日本やドイツのメーカーとガチで競合するレンズ群を抱えていて、言ってみれば定番の高性能レンズを割安で売っている感じなのですが、中国のレンズときたら、超個性的で、誰も作らないであろうというか、日本やドイツではコスト的に割が合わなかったり、バランス良くないと叩かれるので、そうなると売れないから作れないだろうというレンズ群が登場していて、そういうのって中国の立ち位置だからこそ出来るといいますか、最近とても興味をもっています。
中には安価なコピー品のようなものもありますが、中一光学とかKIPONLAOWA とかいうブランドのレンズは比較的安定した性能で超個性的なレンズを作っている印象です。
なんというか、F0.85やら135mm f1.4のような焦点距離やフォーマットサイズからしたらあり得ない明るさのレンズやら、倍率が何倍もあるようなマクロレンズやら、等倍撮影できる超広角レンズやら、特注でもしないと撮れないような絵が出てくるレンズというのは、発想力やこんなことしてみたいやらの好奇心が無ければ作らないであろうものを普通に買える値段で売っている感じです。
もちろん現時点では日本やドイツが作ったほうが高品質にはなると思うわけですが、理由はどうあれ、マイクロフォーサーズのような小フォーマット以外は、こういうものを作ってはいないわけです。ライカとかf0.95のレンズあるみたいですが高すぎですね・・
結局のところこれらの出す絵は一部を除いてはこれまでのレンズでは似たような感じではだせなかったわけだし、けっこう目の付け所が違うなと思うわけです。
ミラーレズ専用レンズとか特に明るいわけですが、これは今後のミラーレスの可能性を具現化しているわけですし、ミラーレスでしか出せない絵というものがどんどん増えてくるでしょう。
とか言いながら、イマイチ買う気が起こらないのですが、というのもなんでPENTAX用のレンズにAポジションを付けてくれないのか・・SAMYANGにはついているし、そんなに難しいもんなのかなぁ・・
あと、コーティングのせいなのか、写りが古典的な気もしますし、チャレンジャーすぎるのは良いとしても、相当無理をしているのか欠落個所も多々ありそうな気もします。あと、デジタル用としてはコントラスト低い?良いのもあるけど。
写りの傾向はオールドレンズ的なものが多いし、とりあえずオールドレンズで10万とかのレンズ買うならばこっちでしょうとかも思ってしまいますが、せめてAE機能は欲しいんだよなぁ・・M42マウントで出してくれるなら無くても良いのだけど、マウント径的に明るいのは無理だろうなぁ・・
ブランドにはこだわりませんので、そういう機能つけてほしいなぁ・・


つづき
posted by 超画伯 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記
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