2017年03月31日

蔵解体1日目

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今日は、早朝6時ぐらいに永瀬邸に出かけました。
というのも撮影の準備なわけですが、残念なことに雨の予報・・
しかしながら、午前中は解体が行われました。
あと数日で、色々とお世話になった、永瀬清子の蔵ともお別れです。
昼頃になって、雨が激しくなって、解体は中止・・

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中身の様子・・
中で撮影したかったのですが、危険ということで、中からの撮影は中止となりました。
これは、作業を中断後、撮影したものです。
色々と現場の人に話を聞きましたが、この建物は下の部分がダメで、倒れないように前面をワイヤーで引っ張っていたそうです。
300年もたない構造らしいですね・・
仕方の無い事です。

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帰りにラーメンを食いに、帰路にある若大将でラーメン、から揚げ定食を・・

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店の奥さんが、こっそり鳥の皮のから揚げをサービスしてくれました。
ありがたいことです。

明日は、父親の納骨の日ですが、解体は止まらないので、ぼくは朝から撮影となります。

posted by 超画伯 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2017年03月28日

明日は片づけ

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けっこう怪我もしましたが、蔵内部の仕事は終了して、明日は、一部機材の片づけ・・明後日からは別の装備に再編成
というわけで、結果としては、あまり休みはありません・・
今回は、永瀬清子生家保存会やプロデューサーが壁になってくれたおかげなのか、怪我以外は、これといった煩わしさはありませんでした。ありがとうございます。

しかしながら、プロデュサーには、精神的ダメージがありそうな雰囲気です。
一応、老婆心ながら、SNS等のネットなんぞは、人間もスクリプト化して雑音多数なので、気にせんでも良かろうと言っております。
しかしまぁ、実際ストーカーのような者に襲撃されたこともある経験上から、身の危険を感じるならば警察にでも言っておけば良いのではなかろうか?改正ストカー法なんぞもあるし・・とも言っておきました。これからの証拠として、色々と記録しておくようにとも。
とりあえず、同性ストーカー関連のブログ記事でも・・
http://qa-cafe.com/159.html
同性ストーカー(ストーカ)行為を繰り返すと逮捕?!
・自宅や職場で待ち伏せしたり
・監視行為
・名誉を傷付けるようなSNS投稿
まぁ、SNSでの見栄の張り合いで少々病んでいる方が増えていることは見れば明白ではありますが、実際に何百人も友人と言える人がいる人間はいませんので、そういうの真に受けた権力闘争とかバカバカしいですね。
自分が努力するよりも、他人を落とすほうが楽と感じるのは分からないでもないですが、そういうのは村社会でしか通用しません。精神衛生的にも、その間何時間もネットに貼りついて他人を監視するのも時間の無駄なので、他に有意義な事をすることをおススメしたいものです。
そういう連中が、どういう心理か調べてみたら、面白記事が。。こういうのが該当するかどうかは知りませんが、娯楽までにどうぞ。これ、まとめた人、よほどだな。。

プロデューサーには給料払っていますし、大切なスタッフです。下らない誹謗中傷を繰り返す輩を確認しましたら、それなりの所に出てもらいましょうか・・一言で言えば、制作の邪魔だ、面倒くさい

これから、制作の序盤が終わり、中間部に入っていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

posted by 超画伯 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月10日

コイネズミヨウム オオハナインコ コボウシインコ 他 一番食園等

最近、というか、以前からインコを飼育しているのですが、いつの間にやらけっこう世話をしている状態です。
思うにチョイスがマイナー路線を走っているのですが、マイナーだけに情報が無いのが残念なところです。
というわけで、飼育や世話の感想まで・・

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濃太郎(コイネズミヨウム)13才 ♂ 360g   誕生日:2004年1月18日
濃太郎はコイタロウと読みます。
少し小柄でねずみ色が濃いヨウムです。とは言いましても、コイネズミヨウムとしては大きな彼は、小柄なヨウムよりも大きいこともあります。餌は、シードとペレット、野菜、果物ですが、たまに動物タンパクも与えています。
性格は、普通のヨウムよりもラテン的とか言われますが、そもそもラテン的性格ってなんだ?
飼い主のぼくにはベタ馴れですが、気に入らない人に対しては、背後から闇討ちします。そういう性格なわけで、家庭内では確執を起こしてしまう性格の持ち主です。
知能はおそらくヨウムと同等ですね・・別種というよりは、ただの亜種なので・・発語に関して言えば、ヨウムより小さい体が災いして、人間ぽい声とも違います。
当然ヨウムらしく、大変に周囲を観察しており、人間が話す言葉の意味を理解して使うことが可能です。
時々、単語の組み合わせを変えて、意思伝達もします。
つまるところ餌が無い場合は「ヒマワリ無いよ〜」と分かりやすく言いますし。放置したら「ヒマワリ無い!」と機嫌が悪そうに強めに言ったりします。
人が大勢いるところに行くのは平気なのですが、基本的に知らない人は嫌いです。
何よりも鳥が嫌いで、他の鳥たちを憎んでいます。
最近、ヨウムとともに絶滅危惧種として、ワシントン条約のサイテス1に入ってしまいました。仕事が楽になったら登録しに行く予定です。

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緑山(コボウシインコ)もうすぐ1歳 ♂ 230g  誕生日:2016年6月24日
緑山はミドリヤマと読みます。通称ドリヤマ
小さなボウシインコです。名前の由来は色が緑であることと、歩き方が四股を踏む力士のようであったため、四股名として山を付けて緑山となりました。
生後一月程度からの付き合いであり、小さいころは病院にもかかって大変な日々でしたが、随分と丈夫になり、立派なヘタレ小僧に成長しました。
他の鳥に蹴りを入れる習性があるのですが、必ず返り討ちに合うのであり、最弱・・二回り小さなインコにすら負けて泣き叫びます。
人が見えるところにいれば安心なのか、多動しまくりで、何も無いところに何かが見えるようで、異世界を見ているようです。
人が見えなくなるだけで大騒ぎします。そのときの絶叫のうるささやらしつこさには防音設備必須と思えるところもあります。
噛み癖に関して言えば、これは鳥を飼育したことのある人で、しつけができる人ならば抑えることが可能です。
しかしながら、突然何かを想像して噛みついてしまうことはあります。
非常に気まぐれな性格で何を考えているのか分かりませんが、美術品鑑賞や音楽鑑賞に興味があり、美的感覚に優れているのが特徴でしょうか・・
カテゴリーとしては中型インコなのでしょうが、飼育の感覚や成長のゆっくりさ、じわじわと知能が上がってくる様子は、大型を飼っている感覚になります。おそらく寿命もそちらのカテゴリーになるのではないでしょうか?
発語は案外はっきりしていて、高めの声で20以上の単語を喋っています。
トータルで見ると知能は高いですが、やっていることは非常にバカ・・しかしながら可愛い憎めない性格です。

つづき
posted by 超画伯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物・ペット

2017年03月04日

死後の世界

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永瀬清子を描くにあたり、自分の考えを進める中でぶつかる考えがあったわけですが、その考えがぶつかる中での、映像的回答というものが生まれてきました。
これは思想信条のぶつかり合いでもありましたが、「死」という表現によって解決することに気が付きました。
「明け方に来る人よ」という詩は、老いた永瀬清子が、死を実感する中で、回想する詩だと言えるかもしれません。現実の世界では叶わなかったことに対して老いた永瀬清子が想いを寄せているのです。
永瀬清子の思想を描く中での「死」については、当初からの想定で、それは最初から組み込む予定だったのですが、これをどう表現するのかは、地球の表現です。
大きく言えば、宇宙から見た地球であり、この日本の中の岡山という土地から見た土着の地球ということになると思います。
「私は地球」という詩から分かることですが、永瀬清子自身が、この世界をその両側から見ていることが分かります。
老いてからの詩についてですが、宮沢賢治という人物を憧れていた永瀬清子ですが、それを考えるとき必然的に生じる、理想である世界が一つになった世界と、土地に生きる民族としての自分という現実の中で、思考がぶつかり葛藤している状態が、永瀬清子の詩としての美しさを生み出していると思います。

現代を見るとき、ぼくは直感的に永瀬清子は現代とは真逆の人であり、だからこそこれを引き受けて作ろうと思いました。
何が真逆なのか・・こういう意味で永瀬清子は硬派なのであり、自分の中で考えながら新しい回答を出そうとしているところにあります。それは相反する考え方をぶつけ合うことで新しい考えを生み出すことに他ならならないのです。

今の世の中は、右も左も「ゆるふわ」だと思います。これを、今よりまともな時代に生きてきた人は、思慮があるならば良しと思わないのだと思います。
例えるならば、自民党参議院のドンとまで言われ、日本会議の生みの親とまで言われる、村上正邦が、政治的には対立する山本太郎を褒めたたえ、安倍総理を非難したというエピソードが分かりやすいかもしれません。堕落した味方よりも、良き敵を選択したということになると思います。
ぼくが重要だと思う点は、まさにこの点で、要は金や人気を得るために、自らゆるくなって、何でも取り込もうとする姿勢を批判したのであり、軸になる敵とぶつかることで、そのプロセスから新たな回答を得てきた人からすれば、あり得ないのが今の世の中であり、それを批判したのだと思います。
こうした堕落した世界は、SNS等を見ても分かるように、人気を得るためだけに思想をゆるめたことで起こったことでもありますし、いわゆる集金をするならば、より多くの人から集めたいという考えからもそうなるのだと思います。
そこで生まれたのが「ゆるふわ」という考えなのでしょう。
節操を失った考えから生まれるものは腐敗だと思います。皆が仲良くなった?否、皆で堕落することは、仲良くなることに繋がらないと思います。堕落した世界はそれを維持しません。
この世の中は、常に考える人たちの意見のぶつかり合いが無ければ、新しい考えは生まれて来ないのだと思います。
結論としては、村上正邦の時代は、彼自身は本物の右翼だったと思いますが、創り出された社会は社会民主主義と言えるような格差の少ない社会だったように思います。
今蔓延しているのは、金や人気を得るために、対立を避けるためには「皆で考えるのをやめよう」とか「みんな一緒〜」とかそういう世界でしかないように思います。

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永瀬清子に関する表現ですが、死後どうなるのかということです。
天に昇るのか、地に帰るのかという表現の違いは、天から地球を見るということと、地から土着のものとして世を見るという二つの考えに繋がります。このうち、どちらを選択するのかということは、「死」をもって解決すします。
体は地に帰り、魂は天に帰るということです。


posted by 超画伯 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連
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