2017年01月22日

何故行き過ぎるのか・・ユートピアは存在せず

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現代の格差は、自由主義が行き過ぎた結果だと思います。これを抑制するのは社会(国など)によるものだと思いますが、一方が強大になりすぎれば、それは破綻します。より良い社会というのは、その間にあるものだと思います。このより良いは、到達点がありません。故に、人には理解されにくくて、到達点の設定が必要になります。そこにはユートピア的な思想が生まれるのでしょう。
残念な事ですが、ユートピアは存在しません。自由主義も、社会主義も思想的にはまるっきりのユートピアのため、行き過ぎれば格差を生み出し破綻すると思います。それだけでなく、不満や資源の枯渇等が頂点にまで至れば、いわゆる戦争などもあり得るでしょう。法など、そうなれば意味はありません。つまるところディストピアということです。一方の力が均衡を破ったときは止まらなくなります。
それが、多くの人が参加したことだとしても、人のせいにして自分が参加していたことにも気づかず、次のユートピアを目指す・・繰り返し・・
これは時代ごとに是正しなければならない問題で、そのつど状況によって考えを変えなければバランスを崩すものだと思いますが、人はユートピアを信じますし、盲信する人ほど声が大きいのも事実でしょう。
その中には、分かっていてわざとユートピアを語る者もいるかと思いますが、それは人々を動かすための釣り文です。そんなものは最初から存在しないのです。冷めた考え方と思う人もいるかもしれませんが、ある種の成功、富を手に入れる、名誉を手に入れる、人気の獲得等、それらを少数の人たちが獲得し、多数が支える社会を生み出すための方便にすぎないと思うのです。しかしながら、これを多くの人が信じれば、破綻するまで止まることはないという認識です。そうなってしまうまで分からないのです。
色々な言葉を書いていますが、つまるところ、あまりにも出来すぎた話など無いということです。
現在の地域振興策に関して、建築関係の方は多くないでしょうか?色々な分野があるかもしれませんが、アートの中心等にもです。彼らは建築物を作るにあたりユートピアを設定します。これは西洋からもたらされた考え方かもしれませんが、このあたりを盲信している人を見かけることがあります。
まぁ方便です。ユートピアは無いのですから。それは自然界のごとくです。というか人間も自然界の中の存在でしかないということです。
より良い社会を作るためには、到達点は無くて常に考える努力が必要なのだという認識です。

posted by 超画伯 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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