2016年11月24日

人間破壊ツール

K52S0939.jpg
SNSなどやってはいるのだけど、これって非常にしょーもないことで達成感感じさせてしまって、非常に熱量下げるツールだろうと思います。
というか、面倒なので、純粋に宣伝用としか考えることができません。
やってるSNSは今はFBだけなんですが、これが一番たちの悪いSNSであろうことは想像できます。
練ることにも至らないアイデアなどをアップしては、ストレスを安易に発散・・つまるところ才能を小分けして安売りしてるような状態で、何かコツコツとやっていこうと思っても、かなり時間を無駄にするツールでもあったりします。
あと、よく練ったことは難しいので、それが出来ない人からすれば、そういうものが存在しないほうが良いということになります。そして、それが、こういうところに集まる人の大半ということになると思います。つまるところ、安易であり、聞こえの良いことをアップすることが一番の人気集めに見えるということになるのでしょうが、正直それで、実質的実力が上がるわけもなく、時間を無駄にすることと、安易にアイデアを消費することと、ある種のエネルギーの蓄積も出来ないのだから、当然ながら仕事は劣化します。更には勝手に権力闘争とか始めたり、面倒くさい張り合いとか喧嘩とかで、生産性の乏しいしょぼい破壊活動みたいな連発で、ほんとしょーもない空間が出来上がるわけです。
こんなところで、さも実力があるように演出したとしても、所詮は張子の虎というか、そんな虎が一部でもつくような言葉すらもったいないような状態にしかならないでしょうし、結局のところ何かを作るとか身につけるというのは時間が必要な事なのだから、ほどほどにとしか言いようがありません。
まぁ愚民支配用のツールですよ・・これは・・つまるところ、考える能力を下げてしまうわけで・・

永瀬清子の関連の作品をつくるので、当然ながら永瀬清子の詩を読んでいる最中です。詩集「あけがたにくる人よ」は、かなり晩年に出版された詩集のようですが、あとがきに興味深い文章があります。

”詩を書くことは自分を削りとる事です。
すこしも自分を削り取っていない詩は世の中に多い。みせびらかす詩、ことばだけの詩は更に多い。
しかしただそれらはこちらに乗り移らないのです。”

引用とかほとんどしないわけですが、ぼくには、非常にしっくりくる言葉です。
この本が80年代の発行だったので、その時代からそうだったということになるのかもしれませんが、今は更に酷いとしか言いようのない有様だと思います。
正直、ここ10年で見ても、いったい何が豊かになったのか分からない状態で、かつて語られたSNSが生み出す明るい未来とやらは、まさに「ことばだけ」だったことが見てとれる感じがあります。

こういう時によく上がるのは成功例ということになるのでしょうが、そういうものは一定以上の人がいれば、必ず現れるのです。自分も自分も!とか思って騒いだところで、その受け皿はどうなんでしょうね?何に対して成功なのかは色々あるとは思いますが、社会全体として劣化して疲弊している以上は、そういうものも、実は減っているということなのではないでしょうか?

皆が手抜きで実力を語り、さもあるように見せる世界・・これって何が豊かになるんでしょうかね??

とか思ったりします。

posted by 超画伯 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連
リンク集