2016年06月10日

コーポラティズムなのか

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2016年6月現在の安倍政権に関して言えることですが、信者はともかくとして、まっとうな保守やリベラルにとっては異様な存在に見えるのではないかと思います。そもそもこの政権は一見するとパワー系の改憲論者であるように見えるのですが、実施された実生活に影響する主な政策は極端な新自由主義的政策で、これは戦後価値観である日本特有のイデオロギー対立を利用して、そちらにノイジーな有権者の目を移らせている間に行われた、もう一つの主軸になる政策でもあったと思います。
実のところ、この流れはIT政策を推進した森政権以前からの流れで、大まかには民主党政権も含めて同じ流れではあったと思いますが、これを※官製相場等を含めて一気に加速させるものでもあったと思います。(※アベノミクスの官制相場に関してはここでは書きませんので調べてみてください)
色々と言われることではありますが、ぼく個人は多くのノイジーな自民党信者や左派系政党信者が決定的に今の流れを作り出す原動力を作ったのではないかとも思えます。もちろん世界の流れを日本だけが避けることは叶わないとは思いますが、それでも外国勢力の介入を少なめにした政策は可能だったのではないかと思えるのです。
イデオロギー対立の愚に関しては、まっとうな人ならば気が付くとは思うのですが、現在の対立軸は、新自由主義的な政策に対する対立軸こそが必要で、少子化対策であり、格差対策、社会保障制度の拡充等の問題であって、中心に来るべき争点が9条改正論ではないのは分かるかと思います。
実のところ、これに関して言えば争点どころか、リベラル派が勝つのであれば実施はもとよりされないのでありますし、格差是正を求めるとして、なぜか護憲論までもがワンセットでくっついてくることが、一般的な有権者がこれを避ける理由にもなっているのではないかと思えます。理由としては簡単で、彼らが明確な安全保障についての理論を持ち合わせていないこともあるかと思います。現状では口だけの平和論には意味がないと思っている人は数多くいるでしょうし、アメリカ占領政策の口実にもなっている9条の扱いがどうなっているのかの疑問もあるかと思います。いったい、アメリカに出て行ってほしいのか、それとも、いてほしいのかがさっぱり分からないのです。さらには、日本の保守の多くは、なぜか盲目的に親米ですし、それによって現体制が維持されていることは、少し考えてみれば見えてきそうなものです。
これは、日本が敗戦国でもありますし、軍事占領ありきの状態だからこそ生まれた利権だったりで、構造そのものを動かすことができない癒着を生み出してるからではないかと思えます。現在の体制が崩れれば、現在のポジションを失う人々が出てくるということもあると思います。

現在の自由な競争の中でグローバル化することは、国内の保守派にとってもリベラル派にとっても本来は望ましいことではないはずです。なぜなら多くの国民が、その労力で稼いだお金が海外に無尽蔵に流れるのだから、国の政策というものが国の維持あってのことと考えれば、本来は国益イコール財界にのみ有利な今の状況は無いはずだと思えるのです。
思うのですが、新自由主義の繰り出す論には双方が共感するところがあって、いわゆる地球的な平和主義というユートピア世界を考えた場合、この国境なき世界は望まれる世界とも言えますし、政府による強制のない自由な経済活動というのは市場ユートピア的世界でもありますし、保守派にとっても望むところだったのでしょう。ここに対立軸の存在しにくい世界が誕生して、格差是正のあまりない超格差社会が誕生したのだと思えます。実際は、もっと複雑だと思いますが長くなるのでこの程度・・
ぼく個人は、そういうところに誘導し続けた果てはディストピアしかないという意見です。だからこそ、本来は対立軸が必要なのですが、カーネギーのような大富豪の提唱する「まずは議論を避ける」的風潮が強まって、それを述べる者が非常に少ないというのが現状だと思います。それも企業論とか現在のゆるい話し合い論に通じるものですし、なぜか責めることができないのは、TV、新聞などの既存メディアやネットの流す情報も関係あるのかもしれません。分かりやすいところでは、SNSでは毎日のように誰かが提唱した経済的成功の法則が流れています。トータルな社会で、これが成功しているかどうかに関しては、眉唾物でしかないとは思いますが。

この超格差社会の誕生とともに見えてきたのがコーポラティズム(大企業等巨大な力を持った団体と政治の癒着主義)のようなものかもしれませんし、最近あったパナマ文書流出問題やオリンピック裏金問題からより見やすくなった構造だと思います。
これは、企業が思うように政策を動かせる世界でもありますし、言葉を置き換えれば、繋がるという一見ポジティブな言葉に置き換えられた癒着で、そういう言葉に覆い隠された腐敗世界だと思うのです。

前回の「理想の世界」でもぼくが住む世界からみた、新自由主義の構造のようなものを書きましたが、今のところ、それに対抗するような対立軸はほとんど感じられず、繋がるという名の癒着構造によるヒエラルキーを維持することでのみ、約束された未来を夢を見るような状態で、さらにその対立軸を生み出すべき思考の世界をも腐敗させ、それを考えることすら悪と捉えるような状況が大広告社会である日本で起こっている現象のようにも見えるのです。
posted by 超画伯 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | マウス画伯関連
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