2018年05月11日

忘れ去られていたレンズ

PK_17767_.jpg
(PENTAX K-1/SAMYANG 8mm f2.8 umc fish-eye)
今日は、車検に行きました。
車自体に興味が無く、こんなにコストがかかり、リスクのある乗り物に、できれば乗りたくないのですが、地方暮らしもありますし、しぶしぶ乗っています。
以前は、車も興味がありまして、それはそれは夢を抱いていたものですが、いつの間にか、ただただ面倒で、掃除も怠る始末です。

デジカメなんかもですが、始めたころは、それはそれは夢を抱いておりまして、初心者にありがちな、いかにも特徴の分かりやすいレンズといいますか、魚眼レンズとか購入していました。
今は、ハイクオリティーなものも含め色々と出ていますが、SAMYANG(サムヤン)というブランドのレンズが店に出回りはじめたころは、8mmの魚眼と14mmの超広角と85mmの中望遠の3種類しか無かったように思われます。実は、それ以前からOEMで何種類かのレンズが売られてはいたのですが、そんなこと知るよしもありません。韓国のブランドですね。
とりあえず、29800円と格安だったこともあって、3種類とも買ってしまいました。
最初はうれしかったのですが、左上の隅の減光が著しくて、気になってくるとすぐに飽きてしまいました。で、何年も防湿庫で眠っていたわけです。
これにかかわらず、他のレンズに関しても飽きははやくて、最近は買わないほうが良いのではないかと思っていたりします。
テレビが4Kになってもつまらないのと同じで、実のところ面白い意図のある写真でも撮らないと、いくら高精細に撮れても意味はないのです。
ぼく自身映像作品を作ったり、絵を描いていたりするので、その点はよく分かっているつもりではあります。なんですが、なんでもかんでも作品となると重すぎるので、ちょっと気楽に遊べて、あっさり出力できる、デジカメでストレス発散とかできたらという言い訳から、惰性で写真を撮っていたりします。作品ではないということにすれば、プライドも必要ないですしね。
今年、仕事で病気になったこともありまして、ますます無理はできません。

ところで、このレンズ、K-1のクロップ機能だと左上の減光無くなりました。万歳!

つづき
posted by 超画伯 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年05月07日

最近カメラを見なくなった

SDQH1051.jpg
(SIGMA SD Quattro H/ TAMRON 90mm F2.5 MACRO[52BB])
最近、カメラを持って歩いている人が少なくなりました・・
もしかしたら、自分が、そういう人たちのいるところに行かないからか、それとも、自分自身が動かなくなったからなのか?観光地や名所などに興味がない・・
普通に考えてみれば分かるのですが、カメラをもっている人は、より増えています・・スマホですね。
より簡単な手段が増えたのだから、大きなカメラを持ち歩く人が少なくなるのも当然でしょうし、SNS等で共有するならばなおのことでしょう。
ぼくは、最近、うつ病を患ったことによって、以前よりSNSを圧倒的に見なくなりました。なんか馬鹿馬鹿しいと思うからです。ちょっと飯を食ったり遊びに行ったりしてそれをアップして承認欲求を満たすとか何の意味があるのだろうと思ってしまいます。

PK_18788.jpg
(PENTAX K-1/SIGMA 20mm F1.8 EX DG ASPHERICAL RF)
では、スマホとの差別化からか、ミラーレスも含め、年々巨大化するカメラシステムを持って何ををするのかといえば、無意味なものを撮ったりして歩いているだけです。
以前は、外に出れば何かあるという期待感から、レンズも沢山持って歩きましたが、最近はカメラに1つレンズをつけて、それで撮ってみたりしているだけです。以前のは、写真に対する興味から、レンズを比較するという意味もあって多く持ち歩いていました。
でも、しばらくそれを繰り返してみると、好みはだいたい決まってきます。好まないものは当然使わなくなってしまい、防湿庫の中で眠っています。
まず、ズームレンズ・・これは本当に使わなくなりました。基本的に絵が好みではない場合が多くて、便利といえば便利なんですが、収差もあって好きになれません。たぶん、新機種にも興味を持たないと思います。
そういえば、ぼくは、あまり便利さというものに興味がないのかもしれません。
最近使っている機材は、PENTAX K-1、SIGMA SD Quattro H、SONY α7Uの三機種です。その中でも多く使っているのはSIGMA SD Quattro Hで次にPENTAX K-1です。α7Uは、もっぱら便利な道具として使っている感じで、時々サブ機として使っている感じです。撮った物体の輪郭のキワの処理と言いますか、どうも絵が好きになれませんので、ブログにアップすることも少ないです。
ただ、αには、ズームレンズは買ってみようとは思っています。将来性が高いシステムだし、とりあえず利便性を考えたものだからどこかに行くときに使うかもしれません。

SDQH1359.jpg
(SIGMA SD Quattro H/SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM)
結局のところ、なぜ意味もなく写真を撮るかと言いますと、買ってしまった機材がもったいない気がするからです。あと、何か行動に意味を持ちたい・・
何か仕事が無い限り、機材の更新は当分ないでしょうが、本当に必要なのはごく少数。
スポーツを撮らず、飛行機や車を撮らずで、動き物は撮らないのだから、もう十分すぎるのかもしれませんね。

posted by 超画伯 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年05月01日

オオハナインコの飼育 1年間の感想

K_1P7379.JPG
(オオハナインコ 左:オス 右:メス  オスとメスで色が違います 昔は別種だと思われていて、メスはオオムラサキインコとか言われてたみたいですね)
オオハナインコを1年ほど面倒見ているんですが、このインコ意外に情報が無くて、どんなものかと思っていたのですが、徐々に性格らしきものも出てきましたので、飼育の感想を少しばかり書いてみようと思います。

インコを飼う場合、多くの方が気になる点といえば・・

☆性格はどんな感じ?
☆声の大きさは?
☆お喋りはできるのか?
☆知能は?
☆その他寿命やら食性、糞の状態等

あたりではないかと思うのは、ぼくがその点を気にしているからです。

SDQH1285.jpg
(妖子 あやこ オオハナインコ メス 現在2歳)
というわけで性格なんですが、このインコ、オスとメスで全然性格が違います。
よくメスは活発で気が強めとか書かれていますが、これははっきり狂暴とでも書いたほうがよさそうです。
では、誰にでも狂暴かといえば、そうでもなくて、気を許したパートナー(と決めた人)に対しては従順で、大変にお利口にしております。
ですが、そうではないと見なした人に対しては容赦なく噛みついたりします。
一応ルールがあるようで、パートナー(と決めた人)と同伴の場合は、見知らぬ人にも噛みつかないようです。

K_1P7380.JPG
噛まれたあとは、見事なまでにV字型の傷がついてしまいます・・当然血は出ますし、なかなか離してくれません・・
まぁ、大型インコなので、この程度の傷は覚悟して飼ったほうが良いのではありますが、他の鳥に比べるとどうしても気の強さが目立ちます。
ただ良い点もありまして、外でも物怖じせず、パートナーと決めた人と一緒に出かけるかぎりは、他のインコに無い社交性を見せるような点もあります。
見知らぬ人に外出先で噛みついたりはしないようで、外では良い子だと思われていたりします。

メスのオオハナインコが何故気が荒いのかですが、色々と説はあるのでしょうが、メスが巣をめぐって争いをするとか、巣を獲得したメスが、数羽のオスを従えるという逆ハーレム状態を作ったりすることと関係がありそうです。
自然界では縄張りを守る側の性が攻撃的になるというのが一般的だと思うのですが、オオハナインコのこういった性質が、メスの性質を作り上げているような気がします。
で、巣に入ったメスに数羽のオスがせっせと餌を運ぶようです。
ただ、産む子は、気に入ったオスの子しか産まないとも言われているようです。

SDQH1267.jpg
(花太郎 はなたろう オオハナインコ オス 現在1歳)
オスなんですが、まだ1歳なので、オスらしい性格が出るのはこれからだと思うのですが、1年前の妖子の性格から考えると、ずっと大人しく、言われる通りおっとりしている感じです。
あと知らない人を怖がったりもしますので、メスよりも臆病なことは間違いなさそうです。
ただ、好奇心は強いようで、おもちゃ等でよく遊びます。
この点から、オスのほうがメスよりも飼いやすいのかといいますと、やはり飼い主との関係が重要なのではないかという感じです。
というのも、花太郎の場合ですが、知っている人には噛みつきませんが、知らない人には噛みついてしまいます。
パートナーと決めた人に対する従順さも妖子のほうが上な感じです。
しかしながら、オオハナインコのメスがパートナーをきちんと決めてくれるかどうかは運みたいなもので、どちらかと言えば大人しいオスのほうが万人向けといえば万人向けなんでしょうか?

つづき
posted by 超画伯 at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物・ペット

2018年04月06日

雨の中を歩いてみる

SDQH0964.jpg
(SIGMA SD Quattro H/SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM)
今日は雨でしたが、少々歩いてみることに・・腕力無くなってカメラが重いですが、筋トレも兼ねて持ち出してみました。



SDQH0947.jpg
(SIGMA SD Quattro H/SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM)
とりあえず、濡れないように橋の下あたりをうろうろしてみます。
撮ってみましたが、相変わらずザワついたノイズの多いクワトロセンサーです・・
フォビオンセンサーの美点といえば、滑らかな諧調というのもありましたが、このセンサーはそういった点ではよろしないですね・・
現状での三層センサーの限界といえば限界なのでしょう・・
それでも立体感は出ます。

つづき
posted by 超画伯 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真日記

2018年04月05日

療養生活

K_1P7049.jpg
(病院で描いた自画像)
今年1月の12日に倒れたわけですが、未だに療養生活を続けております。
当初は絵を描くことも出来なかったわけですが、1月の月末ぐらいに、ようやく数十分間ぐらい絵を描けるようになりました。
そこから回復中ではあるのですが、アイデアとか創造力とか、まったく回復しておらず、何も考えることができずにぼ〜っとした日々を過ごしています。
体力も衰えて、体重も10kg以上減ってしまったので回復のために何かしたいところです。
なるべく、外に出て刺激に慣れるようになりたいところですが、脳体力がなくて、すぐにばててしまいます。

3月から今まで、数日ぐらいしか外にも出る元気もないのですが、少しぐらい動こうとライブとかにも行ってみました。
受動的なことなら、何とか出来るのではないかと思ったからですが・・

K_1P6999.JPG
(アラン・パットン氏のライブに行った時の写真)
この時点でも歩くのも大変でしたが、重い一眼レフカメラを持って出てみました。
腕が細くなってしまって、こんなに重いものだったのかと驚いてしまいましたが、数枚撮影。
ライブの間は大人しく聞いておりました。
久々に、素晴らしいライブも聞けたし良かったと思います。
ですが、翌日には立ち上がる元気も無くなってしまいました・・


つづき
posted by 超画伯 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月20日

退院しました

K_1P6956.JPG
春になりましたね・・フキノトウなども出てきまいした・・というか寒い山の上以外は、育ってしまっていますが・・
その間、病気で色々とご迷惑をかけました。助けてくれた皆さま、ありがとうございます。
少し前に退院していましたが、まだ療養中で、なかなか動くことができずだったのですが、春なのもあって、少し山の上にでも行ってみました。
入院中は、これといって歩くこともなく、考えることもしませんでしたから、頭はボーっとしていて、体力も低下して歩くのも大変です。足とかも細くなってしまいました。
今のところ、最低限のことしか出来なくて、相変わらず頭のなかも空っぽといった感じです。
すこしばかり焦りもあるのですが、ここは先生にも耐えるようにいわれましたので、しばらくはボーっとするしかなさそうです。
まぁ鬱になりましたし、しばらくは波のようにしんどくなったりの繰り返しで、無理はできないのでしょう。

K_1P6955.JPG
とはいいましても、そろそろ活動もしないといけないと思いますのでリハビリも含めて、ちょっとしたことでも、今日は○○出来たみたいな意識付けをしながら、徐々に動いていく必要がありそうです。病院に逆戻りはしない程度に・・

posted by 超画伯 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年02月09日

消えてしまった

SDQH0908.jpg
今日は、入院から2度目の外泊
前回は家族がいないと帰れない状態でしたが、今回はバスで帰れました。
前日、また新しい作品でも作らないとなとやっと思えたところですが、頭の中にあったいままでの価値観は崩れてしまいました。
今まで興味があったことにも興味がなく、面白いと思っていたものも面白くなくなりました。
これはうつの症状らしいですが、今のぼくには永遠のように感じてしまいます。
何かの発想は、なにかしら、それが面白いと思ったから心に留めていて、それを具現化したものが作品だったりします。
そういったものは、今の自分からは消えてしまいました。

時間がとても長いです。退屈という感覚はあるのですが、面白いことがないので、どう過ごしていいのか分からない状況です。
無駄に時間を過ごす嫌悪感を感じます。
では、これを形にすれば良いのかといえば、NOでしょう・・空虚すぎて絵にならないのです。
平常時には頭の中にはバラ色のフィルターがあって、それを通して人は世界を見ています。それが無くなった時の世界は例えようのない厳しさで、ただただ自分を責めてきます。

とりあえず、自分の限界を知りました。これ以上は頑張れないというサインです。精神論ではどうすることもできず、むしろ、その精神論が自分に破たんをもたらしました。

話を繋げることができません。ならば、また断片を作り続けるのか・・ぼくの最初のアニメーション作品「ぼくのまち」は精神病で崩れてしまった心の断片を繋ぎ合わせた作品です・・そこには何かヒントがあるのかもしれません。
病気の治癒には年単位の時間が必要な可能性もあると言われました。
その間出来るのは、心の中に転がっている断片を描くこと。まぁ出来ればの話です。とても出来る自信はありません。
出来るかどうか分からない作品の断片を描き続けるのは、それは苦しい作業になるからです。若いから出来たという事もあります。ただ、そこに光があるような気がしなくもないのです。

2018年02月02日

医療保護入院

先月の誕生日1月10日に、決定的な発作を起こしてから、翌々日の12日に医療保護入院という形で、岡山県精神科医療センターに入院しております。
今日は、訓練という事で外泊が許されて、自宅に帰ってきました。
二泊三日という短い時間となりますが・・

ぼくが起こした症状は、抗精神薬による副作用であるアカシジアという症状と、うつ状態、あと体が弱っていたため感染したインフルエンザB型です。
長時間苦しめられたのはアカシジアで、これは全身がムズムズして、寝ころぶことも出来ないような症状で、これとインフルエンザとの組み合わせで寝ることも出来ず、布団の中で座っている状態で起き続けて、更にはうつが上に乗っかって、頻尿は一日30回以上と、死を覚悟してしまうような症状で、情けないことに、泣きながら家族や色々な人に遺言のような事を言ってのたうち回るような日々でした。
誕生日の1月10日に症状が決定的に悪くなって、家にいることを断念。12日に医療保護という形で入院に至りました。
色々と連絡が付かなかったり、イベントを中止してしまったりと迷惑をかけてしまい、申し訳ないかぎりです。

病院での生活ですが、最初は、それは殺風景な部屋で、畳の上に布団が置いてあるだけの部屋で、自殺防止のため、ひもやタオルのようなものは没収され、外からカギをかけられて完全に監視下の元、ただその部屋に座っていました。
最初の印象ですが、確実に来るであろう退屈に恐怖して「怖い」を連発してしまいました。
それでも、現在のうつ状態を改善するためには必要な処置で、インフルエンザであることも含めて隔離されたのは仕方の無い事でしょうね・・最初に飲んだ薬が、インフルエンザの薬である、タミフルだったのは印象的です。
この間、色々な感情がぼくを襲うのですが、助けてくれた人たちのことを思い浮かべては、「ありがとう」を連発していました。

ちなみに、この病院に行けるように手配してくれたのは、マネージャーをやってくれている月影詩歩さんです。
思い浮かべると精神的にも色々と支えてくれて涙ばかり流れるような日々です。今の何もできない自分が言えるのは、「ありがとう」という言葉ばかりですが、迷惑をかけて申し訳ないという想いもあって、「ごめんよ」ということばと「ありがとう」の連呼です。
他にも彼女は色々な面でぼくを支えてくれて何と言えば良いのか分からない状態なのですが、頭の回路は悪い状況ばかりを思い浮かべてそれを口走ってしまい、彼女を苦しめていると、また落ち込んだりして・・
自分はダメでどうしようもない人間だと、どうしても思いこんでしまうのは、病気がそうさせているんでしょうね・・
それが分かっていても、そう思わないように頑張ることもできません・・うつ病というのはそういうものなのでしょう。

うつ病の症状ですが、TVのニュース等怖ろしくて見れません。自分に降りかかってくるとしか思えず、頭をかかえてしまったり、自分が怖ろしいことをやってしまうのでは?とか自分のせいで人が不幸になるとか、ぐるぐると頭をめぐります。
心をガードしていた壁のようなものが取り払われ、人が話す事がダイレクトに心につきささります。
あと、平常時に自分がやっていたことを大それたことと思って、それの尻拭いなど到底できないと恐怖でいっぱいになります。もう外の世界では生きていけない、ただただ怖ろしいと考えてしまいます。
すべてを良い方向に考えることができません。

現在の状況はこんな感じで、少しマシな状態とわるい状態を波のように繰り返しながら、生きています。
治るかどうかは自分では良い方向に考えることが出来ないのですが、家族や周りの人たちは治ると言っています。
なかなかそういう良いことは考えることが出来ないわけですが、今まで何となく過ごしていた日々が、どれだけ幸せだったのかを噛み締めています。
うつになって異様に涙もろくなり、ぼくを支えてくれている人たちの前でついつい泣いてしまうという日々を今のところ過ごしています。

2018年01月06日

心身ともに体調をこわして気がついたこと

SDQH0497.jpg
ここ2か月ほど心身ともに体調を酷く崩していて、未だ回復せず、数日前には死も覚悟するような発作に襲われました。
このことから気が付いたことですが、ぼくには感謝というものが足りなかったことに気が付きました。
幼少期から、今でこそ分かる自閉症スペクトラム障害の件でバカにされて育ってきたため、そういう感情を失っていたのでしょう。そういう部分も閉ざしていたわけです。
そんな中ですが、ぼくの周りの人たちは、生意気なぼくを必死に助けてくれて、運がなければ助からなかったのではないかというところを助けられました。
2か月以上苦しんできた中、色々と助けられて、涙する日々でした。
今は、今までなんとも思いっていた人たちにも尊敬の念が沸いてきます。
もし、この体の調子が良くなるのならば、そのことを忘れずに人々に接しながら、感謝しながら生きていこうと思いました。
色々と足りないぼくですが、今後ともよろしくお願いいたします。

写真は長島の収容所の壁の落書き

posted by 超画伯 at 17:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2017年12月19日

「きよこのくら」福山 サロン薔薇と迷宮上映会

きよこのくら_表面-[更新済み].jpg
2018年1月 サロン薔薇と迷宮にて上映

1月14日(日)@上映14:30(開場14:00)A上映17:30(開場17:00)
1月17日(水)@上映14:30(開場14:00)A上映19:00(開場18:30)
※席に限りがございます。薔薇と迷宮まで、ご予約お待ちしております。
中村監督のトークあり(体調により変更あり) ※入場券の他、ワンドリンクオーダーお願いいたします。

サロン薔薇と迷宮 広島県福山市東桜町8-2マルイビル1F

上映案内は随時更新してまいりますので fb永瀬清子生家保存会 及び
公式サイト www.nagasekiyoko-hozonkai.jp を閲覧ください!
入場料金1000円
※制作支援のお礼としてお送りした鑑賞券は、こちらの会場でもお使いいただけます。
サロン薔薇と迷宮上映会でのお問い合わせ番号 090-7377-8618


きよこのくら_裏面-[更新済み].jpg

↑クリックで拡大します

シーケンス 01.Still008.jpg
posted by 超画伯 at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 上映会
リンク集