2017年10月11日

体調不良

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書くのが遅くなりましたが、「きよこのくら」10月7日の上映は大勢のご来場ありがとうございました。
現在の自分の状況なんですが、長きにわたる長時間労働と抗うつ用の頓服薬の頻繁な使用で精神を疲弊していて、心身共に調子を崩している状態です。
そのため、色々な面で動きも良くなく、療養が必要そうです。
体力の低下などは、散歩とかで回復させることができると思うのですが、精神面のほうは少々長引きそうな感じもあります。
とは言いましても、仕事そのものは現在やっている状態で、作品そのものも若干の調整が必要だと思い、微調整を行っています。
その他も色々とやらねばならない面もあり、動くことは動いています。
とはいえ、上映前よりも時間に余裕があるので、抗うつ用の薬は少々減らしていく予定です。
特に朝は得体のしれない不安に襲われる日々なのですが、標準的な生活を送ることで改善するのではないかと思っています。

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2017年09月20日

作品「きよこのくら」岡山県立美術館 上映案内

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【きよこのくら】上映会のお知らせ

制作:永瀬清子生家保存会
監督:中村智道 (映像作家・美術家)
プロデューサー:月影詩歩 (サロン薔薇と迷宮オーナー)
音楽監督:坂本弘道 (音楽家)
詩の朗読:二階堂和美 (シンガーソングライター)
§ 10月7日(土)上映:15:00〜 (開場:14:30)
 岡山県立美術館ホール
 〒700-0814 岡山県岡山市北区天神町8-48
 当日券は1,000円(1名)です。よろしくお願いします。上映後、中村監督のトークあり。

よろしくお願いいたします。


「きよこのくら」予告_01 from Tomomichi Nakamura on Vimeo.




きよこのくら予告_02 from Tomomichi Nakamura on Vimeo.


予告動画です。10月7日(土)、岡山県立美術館の上映会でお待ちしてます。 是非足をお運びください。

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2017年09月16日

インサイダー

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実のところ、ぼくは、色々な面接を受けてきたわけですが、それにはなかなか通ることがありませんでした。
理由としてですが、けっこう前から分かってはいたことですが、ぼくは生まれつきの脳の障害があります。

自閉症スペクトラムでADHDであり、視覚や聴覚、特に聴覚から入る情報に対しての、けっこう重い学習障害を持っていて、こうしてPCに助けられている場合は良いのですが、視覚情報である字もあまり書けないというのが実情です。後発的に、そういったことのストレスの蓄積で、双極性障害も持つことになります。


とはいえ、一般的な面接などでは、いわゆる平均的に一般的な回答を求められるのです。

この状態で、相手の言う事に対して正確に物事を言う事が難しく、例えば好きな作品は?と聞かれても、イメージとしては覚えているのですが、名前も題名も出てこないわけです。

そして、そういった状況は、インサイダーの場では、”けしからん”となり面接のようなようなものはそこで事実上終わるというのがパターンです。その時も、聞かれたことに対するイメージだけは残っていて、それを答えられないもどかしさを感じながら、無意味な時間を過ごすことになるわけです。
ちなみに、ぼくの学習障害はイメージ型だと、病院の先生からは聞いています。一番、今の社会では生きづらいタイプとのことでした。


とは言え、活動してきたのは、あくまでもインサイダーの場ということになります。ある種のアウトサイダーの場のキュレーションをする方々は当然気が付きませんし、そういう人たちは、実際にどうかよりも、それっぽいものを選択するのでありますし、当然そこまで見る能力にも期待はしてませんでした。そういうものに対する理念も聞こえの良いものが重要なのであり、そういうものをチョイスすることが彼らの仕事なのだと理解しております。

ぼく自身もインサイダーの場での実力を証明しなければ、ある種の固定された階級に守られた状態で、それに縛られながら活動することになります。

ぼく自身が目指したのは、インサイダーの世界でありますし、おそらくはそこで生きることができずアウトサイダーの世界で生き延びるのならば、ある種の盛られた嘘がつきまとうのでありますし、ぼくは、おそらくその枠組みに苦しむことになるだろうということです。


つづき
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2017年08月23日

あと1000枚ほど

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とりあえず、「きよこのくら」関連では、あと絵を1000枚ほど描いたら終わりです。
絵と言いましても色々とありますが、一応人型のものです。
1000枚と言えば、大変といえば大変ですが、計算できる枚数なので、これまでのように休みもない極小睡眠も終わり、とりあえずは睡眠も、危機感を感じるほど減らす必要もなくなったという感じです。
ネットは、今まで通りファミレス内だけでやってますが、だらだらとしていても時間を消耗するだけなので、これでokな感じです。
絵が描き終わっても、処理に1週間は見る必要がありますが、それは何とかなるでしょう。
長らく引きこもっていましたので、久々にどこかに遊びに行きたい気分ですね。

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2017年08月16日

「きよこのくら」だいたい見えてきました

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あまり、人の作品を見ていないため、なんとも言えない部分もありますが、「きよこのくら」では、色々と新しいアプローチを行っております。
現在見えている写真ですが、これの背景である、清子の蔵の中身はストップモーションアニメーションによって動いています。これは、作品の中を通して、蔵の内部の映像は、ほぼアニメーションということで、ドローイングアニメーションと合わせれば、20分を超えるアニメーションで、膨大な枚数を要するアニメーション作品でもあるということです。蔵の内部のアニメーションは、秒間24枚のフルアニメーションで、非常に滑らかに動き更に複数のレイヤーを重ねているため、短い時間で数万枚のアニメーションを消耗する内容になっています。
そういったこともあって、処理は大変に重くPCは2台ほど破損してしまいました。もう修理しましたが・・
技術的な部分はそうなんですが、この蔵でストップモーションアニメーションを行うという事は、自らも、この蔵の解体に参加することでもあり、その部分そのものも、ある種のドキュメンタリーとして見ていただけたら、作品としての視野も広がるのではないかと思っています。
上の写真は、その壊れ腐敗していく蔵の中で、奏者の坂本弘道さんがライブで追悼曲を送っているという映像です。
ここで注目したいことは、この破壊活動によって、新たな永瀬清子像が生まれてくるということでしょうか・・破壊と創造というのは表裏一体ということに他なりません。
これは、ある種の、蔵の葬儀でもありますし、そのドキュメンタリーと、実際に人にインタビューしたトークが、蔵の記憶のように目まぐるしく動きます。

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二階堂和美さんが読む、「あけがたにくる人よ」に関しては、全編アニメーションを制作しており、それがエンディングまで続くという内容になっています。
この詩を再現するのにはアニメーションこそが相応しいと思ったので、かなり無理をして、6分あまりのアニメーションを作っています。
上のシーンは、「あけがたにくる人よ」の朗読が終わって、エンディングに向かっている映像ということになります。
これは、彼女が、あけがたに待っていた人(人とは限らず、物事、事象、詩のアイデア等も含まれる)のところに向かっているシーンということになります。
そこに連れていく案内人は、日本では非常に著名な詩人ということになりますが、彼自身も「あけがたにくる人」の一部なのではないかと、ぼく自身は思っています。

最終的な結論としては、彼女の撒いた種は、目まぐるしく発芽して生えていく・・そういったものを描いています。

この作品は、あくまでもドキュメンタリー作品なのかもしれませんが、インタビュー、蔵の破壊、ストップモーションアニメーション、ドローイングアニメーションが融合した実験映像作品で、新たな映像の地平が描けているのではないかと思っています。

ぼくとしては、少々ファンタジーな部分もあって、センチメンタルな要素を含む作品でもあると思います。

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2017年08月06日

何か月か缶詰状態でしたが・・


きよこのくら制作中 from Tomomichi Nakamura on Vimeo.



当初、変態的な映像をと求められていたわけですが、ここでいう変態はエロではありません。
内容と言えば、ぼくとしては最長の20分を超えるアニメーションとドキュメンタリー他、複雑な構成をセオリーの無い状態から創り出すことです。
個人的には、ある種の偏執的な制作を行う事が、ぼくにとっての変態性であって、それを行うためには膨大な時間と、他者の無用な意見の遮断、とにかく、自分の純度を保つということです。
この点では、プロデューサーの月影詩歩には大変な苦労をさせております。
自分の制作時間やら、行っていることが理解できない家族からは、ちまちまと言われ、「寝なさい」の連呼・・
残念なことに寝ている時間は大してないうえに、今後トラブルが無いとは誰も言えないわけです。
ということもありまして、ネットも電話も基本遮断し、伝言事項はプロデューサーからのみ、こちらも、他者のいう事はすべて遮断するようにとの指示でした。このあたりを実効していただき、隔離部屋まで用意していただいたことは感謝の極みです。
とりあえず、このあたりの事柄を理解できない人の言い分を聞く時間は制作を完了させるためには無いのであります。
その缶詰状態からですが、明日音楽監督の坂本弘道さんい渡す素材がやっと出来上がって、ある意味安堵しております。
期限が8月7日で、先ほど出来上がったので、本当にギリギリです。
作品そのものは、まだまだ作るところがありまして、あと2か月間のラストスパートということになります。
とりあえず、「きよこのくら」制作続行中ということで・・
posted by 超画伯 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2017年06月26日

とりあえず、清子のアニメーション最後のシーンを描く

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とりあえず、清子が出てくるアニメーションは、これが最後になり、あと120枚も描けば終わりです。
これが終わったら、とりあえず、CGの出来ていない部分をモデリングして、背景を作り、今まで撮影したものと合わせて組んでいく編集作業を行います。
ここまでは、意地でも6月中に終わらせようとしていましたが、なんとか終わりそうな雰囲気・・
6月には、永瀬清子の肉声のデジタル変換と、いくらかの背景、色乗せを行う予定で、これは絶対に行わなければなりません。
とりあえず、休日も無く、休憩時間もあまりないですが、なんとか持ちこたえて、作業を終わらせる予定。

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ちなみに、グレンデルが出てくるアニメーションを予定していますが、それは、音楽制作にとりあえず出したのちに、その間描く予定にしております。

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2017年06月17日

長島インタビューおよび撮影

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14日から長島に入っての取材と撮影でした。
その日は、翌日の朝日が昇る場所を探しての移動、あと時間的に追われている仕事を、宿泊先で行いました。
写真に関しては14日15日ともに夕方しか撮影できる時間が無いため、その時間帯に撮影したものです。
島を回ったのは前回を含めて2回目(正確には過去を含めれば何度かある)ですが、海を回ると印象的な壊れた桟橋がところどころにあります。
これらは、長島の歴史と深く関係があるものなので残っていますが、説明が長くなるため、ここでは割愛します。

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それとは関係がなく、海や自然は美しい島です。

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船を引き上げるものみたいですが、何でしょうか?


つづき
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2017年06月12日

片づけと準備

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一つ一つやるべきことを終わらせていく日々
今日は過去イベントの後片付け
これから、長島撮影の準備のため、外出・・
長島では、日の出前から撮影を行うため宿泊。
多忙であり、色々と繋がりませんので、よろしくお願いいたします。

posted by 超画伯 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | きよこのくら関連

2017年06月10日

国際的文化イベントに対する疑問

たぶんグローバリズムは終焉して、また復活を繰り返すのでしょうが、これは歴史的に見ても順路といいますか、グローバリズム→ローカリズム→グローバリズムの流れを人類は繰り返しているように思えます。

この世に溢れる情報は、現在のところ、グローバル資本主義に都合の良い情報がまだ優勢というか多いというのが実感としてはあります。
彼等には、お金があるのだから、このグローバル化に都合の良いイメージが優先されるのは当然のことでしょう。

今まで見てきた実感として、国際的な文化イベントというものに集まるイメージというのは、そのままグローバル化に都合の良いイメージが多いのではないか?と思えます。
一見ローカリズム寄りのようでも、グローバリズムを利するものであったりで、自称左翼主義者とかには、このタイプは多く、日本の場合は自称保守主義者がグローバリストであったりで、ほとんどの場合は日本人には向かないこの考えに染まっていたりとか。
世界中のメディアがそれをスポンサーの意向で垂れ流すのだから、多くがそれに洗脳されるのは、当然といえば当然のように思えます。
もちろん、それに反するものも、天然で存在したり、分かっていて、主催者に分からないようにイメージを忍ばせていたりするケースもあるかとは思います。

古風なのか、新しい時代のものなのかは、ローカリズムの時代に近いのか、グローバリズムの時代に近いのかで異なってくるように思えますが、自分流に古風に言いますと、クリエイターというか、アーティストというのは平坦になりつつある世の中にノイズを起こす存在なのではないかと思っています。※只の目立ちたがり屋ではなく
現代で言うところのグローバル化というのは、世界を平坦にする作業というか、平均化させるという事実が存在するわけですが、ノイズを起こすはずの存在が、世界を平均化させる存在にとって代わられる、あるいは、そのように合わせる行為をしてきたのが、ぼくが生まれてから見てきた世界なのだと思ったりします。

平均化は、ある程度の平等をある段階まではもたらすかもしれませんが、個を破壊してならす行為でもあって、今の問題は後者寄りのように見ています。

良い事がもしあるとすれば、それは反作用が上手く働くかどうかなんでしょうか・・
posted by 超画伯 at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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