2019年04月23日

PENTAX K-30の絞り制御ブロック不具合(通称:黒死病)修理後

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PENTAX K-30やK-50、および、その派生モデルには、絞り制御ブロック不具合(通称:黒死病)という持病が存在します。
経年によって、ボディー内部にある絞り制御ブロックに異常が発生し、真っ暗な写真を量産するというものです。
ぼくの機も、その症状に陥りましたが、結論としては修理しました。
↓以下に、修理の様子を書いております。


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実は、このK-30ですが、ほとんど使ったことが無いまま、黒死病になったのですが、今更気に入って使用頻度が上がりました。
画素数含めて、非常に使いやすいのです。
はっきりいって、APS-C機には2400万画素必要ないような気がします。
見た目の差はほとんどありませんし、画素が多くても容量多くてうっとおしいだけで、冷静になれば、何故そのような画素数が必要なのか色々と疑問が生じます。
最近は、体調不良で、カメラの使用頻度が著しく落ちているので、とりあえずカメラ増やさなくて良いですね。
壊れるまでこれでOKでしょう。

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2019年04月21日

AI つづき

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前回のAI登場のつづきです。
アップできる容量のファイルを作るのに非常に苦労しました。




つづき
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2019年04月18日

AI登場

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これからの時代は、言葉を喋るインコやオウムとAIのやりとりが予想されます。
そんなわけで、AI登場です。




つづき
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2019年04月16日

トラベルミン カレー

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自律神経が不安定なときに、トラベルミンが効くらしく、これを飲んで生活しております。
今年の春は酷いのですが、何度も気持ち悪くなって吐きました。
確かに、このときの状況が、乗り物酔いに似てるといえばそうなので、効くのは納得です。
なんにしても、自分で運転しても酔ったり、歩いても酔うのだから、飲んで効けば、これに効果があるのはよく分かります。

その後、カレーを食べたのですが、これは、最近禁じている小麦が付いてきます。いわゆるナンですね。
最近はかなり小麦を食べなくなりました。
とにかく血糖と血圧が高いので、このあたりを治すのは、最近の重要課題です。
完全にやめるのも難しいので、結果としては減食しているという状態。
それでも9割ぐらいは減っていると思います。
結論としては、血糖値は落ちました。それ以外は悪くなってしまいましたが。。
たぶん、腹が減るから、他の物を食ってしまったかもしれません。

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その後、市民病院に、パートナーの母上の見舞いに行きました。
病院の駐車場を降りてからの風景は、こんな感じでけっこうシュールです。こういうタイプは初めて見た感じなので、なんだか撮影してしまいました。
病院の階段を上ってすぐに血圧を測ると、血圧は148!やった、血圧が下がったと思ったのもつかの間、安静にして測ると、180に上昇してしまいました。
血圧って息が荒いときのほうが高いもんじゃないでしょうか?安静にすると上がるもんなの?
これ、また試す必要がありそうです。
次の病院で報告しましょう。

その後見舞いでは痴呆の話やら、仕事の話やらをしたわけですが、自分的にはほとんど話さず。どちらにせよ、最近は効率の話が多く、効率的に自由に楽しく楽に生きようということになっています。
気温がまた急に高いなあと思いながらの帰路でした。

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なるべくストレスは避ける 妄想する努力

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朝起きると治っていることもあるのですが、左の肩凝りはかなりのもので、正直やっとられん気分です。
この肩凝りは、ストレスとも密接に関係があるようなので、なるべくストレスを溜めないように過ごしたいと思っております。
そこでなんですが、絵画教室の受講生が教えてくれたわけですが、妄想するとストレス発散になるとのことでした。
そういえば、最近は妄想力が不足していて、他人からは世の中の不景気や、若者のやばさ、等終わってる話ばかり聞いていて、更にはブラック企業やら、外国人研修生の奴隷化の話など、現実現実した話ばかりで、現代版、庶民は生かさぬよう殺さぬようが実施されてるんじゃあるまいかと、妄想に浸る余裕すら無くなっているわけです。
こんなストレス社会にも関わらず、何故かそういうことを言ってはならない風潮が高まっていて、なぜか世の中に悪いところはなく、そう感じるのは甘えであり、病気になるのも自己責任という感じで、ますますもって人間というのは消費するもんという空気が漂っております。
残念ながら、意識高い系やら企業、行政の御用に毒された、そういう様相を打破するすべもないわけで、そういうのが破綻するまではどうにもならないというのは、長年の経験でうすうす分かっているのであります。
仕方ないので寝る前に妄想に浸ろうと思うわけですが。リアルな話ばかり思い出して、本当につまんなくなったなぁとしか思えないわけです。
テレビが面白くないから見なくなったのですが、ネットも面白くないというか嘘ばかりでどうしようもないので、最近はメールを見ることと、ブログに垂れ流すことぐらいしかしなくなってしまいました。一応信じていることもあって、ネットショッピングの値段ぐらいは信じているわけです、学者の新説、趁説なども、どうせ数年で覆るので信じなくなりました。特に食い物系。体に良いのか悪いのかなんかすぐに覆るし、かなり御用の意見が垂れ流されている感じです。
基本で、とりすぎの栄養を控えるぐらいが、丁度良いと思う次第です。
ここまで書きましたが、肝心の妄想を思いつきません。昔は、変な道具を想像して、それを使えば、疲れがすべてとれて楽が出来るとか、年中自分の周辺だけ適温とか、宙に浮いて楽に移動できる装置とか、飲むだけで脳にインプットできる英語学習用カプセルとか色々と妄想していたわけですが、全然思い付かないのです。
そういえば、そんなの現実に無いからとか、考えるだけ時間の無駄とか言われたわけです。 ちょっと待て。それを誰かが妄想していたとして、誰も困らないわけです。それに、そういうの話し合ったら本当にストレス解消になるかもしれないじゃないですか。それどころか、その中のいくらかはAIが実現してくれるかもしれないじゃないですか。そもそも、現代の科学の産物なんて、妄想の実現の賜物みたいなもんですよ。まもなく培養肉クリーンミートとかも出ますって。殺生しなくてよくなるなんて素敵じゃないですか。リアルじゃないものはリアルになってきたんですよ。
うん、妄想しよう。ストレス発散って、現代では、かなり重要なところだと思うんですが。

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2019年04月14日

ドリヤマはネトウヨ

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コボウシインコの緑山(ドリヤマ)を、なぜかネトウヨと呼んでしまいました。
うーん。。疲れているんでしょうか?
ドリヤマにその要素はゼロのはずなんですが。
脳が疲れているとしか言いようがありません。

ですが、今日は、そういうのをネタの一環で話すには話しました。
例えばネット内の検閲とか、韓国陰謀論とかでしょうか。最終的には日本はアメリカの植民地なので、韓国の影響なんぞより、アメリカ次第という結論に至ったわけで、まぁアメリカの選挙権持ってないし意味ないねで終了したわけです。現実は至ってシンプルなわけです。というか、強国日本を陥れるほどの韓国が凄いのか凄くないのか、位置付けがさっぱり分からないのであります。
韓国か在日による被害を直接受けた人は、実は少ないのでしょうが(いるにはいるでしょうが)、猛威をふるっているということになってますし、とにかく被害者であることは重要なようで、この点、古くさい左翼と似てたりしますよね。もしかして無意識にポジション争いしてるんじゃないかな?と思うこともあります。時代が違えば、思想は真逆、でもポジションは似たようなもんという感じでしょうか?迷惑であることも変わりないわけですし。
せっかくだから、1000円札はトランプ大統領にしてみたらどうだろう?とかのネタ話もしたわけですが、日本のポジションがよく分かるとしながも、最近の人は洒落が分からないから検閲が危険、炎上する!とかいう話になりました。
そういえば、最近は、洒落も物の例えも、分からない世の中になってしまったかもしれませんね。そういうのを見て、現状を笑い飛ばそうとかいうのも無くなりました。

こういう話が出たのは、世のために働くとかそういう考え方について少し考える必要があると先日思ったからだと思いますが、当然ながら日本のためという考え方もその中に含まれるからかもしれません。
いや、ぼくが日本のために働いたところで意味はないでしょうし、何かの団体のために働いても幸せにはなれないでしょう。そもそも、自閉症なんて、マイノリティーですし、思考のタイプが異なって、興味の対象が人と異なってしまって、世の流れにも乗れず。。まぁ世の中のシステムを考えれば、症状によっては、何の役にも立たないとかも普通に考えられることでしょう。こりゃネトウヨ的には殺処分の対象ですな。いや、在日左翼でええですよ。
色々と諦めも肝心というところまできているわけです。まぁ、体の状況が悪すぎます。
というよりも、そう考えないと生命の危機を感じます。

そういえば、周りから、もっと遊んだほうが良いと言われました。
母親からは、智はクソ真面目で遊ぶことを知らない、お金あげるから、パチンコでもして遊んできなさい!とか言われました。
いや、パチンコって。。
人生に歴史ありって感じでしょうか..昭和と令和が入り乱れる奥深さ。
ともかく、心配してくれているのは、よくわかりました。

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困った、立てない

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今日は、2時間の掃除と、4枚の写真を撮影したまでは良かったのですが、それで体力を使い果たして立つのも困難な状態に・・
とてつもなく体が重い・・というか脳から体に指示が来ていないのか、筋力そのものが無い・・
左肩が猛烈に痛い。
これでは何もできません。。

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2019年04月13日

洗脳の質が悪い

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人間が育つなかで、色々な洗脳をうけていると思うわけですが、 少なくとも、ぼくが受けてきた洗脳は質の悪いもののように思えます。
結論としては、体に大きく負担をかけるもので、そういうものは良いものとは言えないと思うわけです。
人間の思考力についてですが、思っているほど人間は物事を考えていなくて、行動の多くは本能と洗脳によるものだと考えています。
本能はともかくとして、洗脳に関しては、生後から受けるものですから、せっかくならば質の良いものが良いとは思いますが、そういうものにめぐり合うというのも運によるところが大きいと思います。
本能と洗脳に追いやられたチンケな思考力が考える部分としては、ぼくは奴隷になるべくして育てられていると思えたりします。
よく、社会の役に立つ人になりなさいとか言われてきているわけですが、それをしようとすることが、必ずしも自分のためにはならないという事実に気がついている人も多いかと思います。
たまたま自分のやっている事が社会のためになっているのであれば、それはそれで幸せなのでしょうし、大いにけっこうな事だと思いますが、世の中に対して大して役に立たないことを行うことに幸せを感じるという人もいるかもしれません。
ただ、その点と、社会から求められるものに対してジレンマを感じるというのもあるわけで、こういった葛藤を産み出すのも、いわゆるこれまでの洗脳のたまものだと思うわけです。
冷静に考えれば、なんで自分がそれほど世の中のために働かなければならないのか。
案外自分とは違う洗脳を受けてきた人に従事するために、そういう洗脳を受けることになったのではないかとも思えます。世の中のためというよりは、自分とは違う洗脳を受けた、数少ない人々のためと言いますか。
そもそも、日本という国そのものが、一部の支配層と多くの奴隷で成り立ってきた社会で、伝統的に奴隷気質の人々を育てる風土があるように思います。
少々の我慢を強いられますが、奴隷のほうが楽な面もあって、とりあえず考えなくて済みますし、幸せそのものを相対的なものと洗脳されているのならば、周りが同様ならば、それは不幸とは捉えられないわけです。
そういった心理って現在のアメリカによる支配には都合が良いものかもしれませんが、正直搾取され過ぎのような気もします。特にプラザ合意ぐらいから。
そんなことよりも、嫌われたくないという心理のほうが勝っているのかもしれませんし、結局のところ、うまい具合に奴隷にしてくれる主を好む奴隷というのはけっこうな比率でいるような気がします。それを他人にも求めますし、見張りますし、いわゆる村社会というか奴隷村と言いますか。

とりあえず、自分には限界がきているので、思考を変える必要ががあります。そこは頑張って考えなければばらない部分ですね。
なんで世のため人のために何かをしなければならないのかに関しては、冷静に考えなければ、完全に破綻しますので。
とりあえず自分の行いと社会貢献の不一致からくる、精神的ジレンマから解き放たれるような自己洗脳は必要そうです。
正直、この村社会から見てダメ人間でも良いのではないかと、自分に言い聞かせてみます。


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2019年04月11日

長年体にダメージをあたえすぎた

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リハビリのために10日間ほどバイトに行ってみましたが、1日三時間の軽い仕事にもかかわらず、酷いダメージを受けてしまいました。
ここ最近は、1日12時間も寝ていて、まず一番気合いを入れないと出来ないことは、立ち上がることです。
今日は、病院に行くために、午前中に起き上がりましたが、病院に行くだけで疲弊してしまい、帰宅後すぐに倒れてしまいました。
昨年は、死にかけたこともありますが、そのダメージは1年やそこらで回復するものではなかったようです。
内臓や脳に、回復不可能なダメージを負ってしまったのかもしれません。
立ち上がれないのは、悔しいですが、もはや精神論の限界を超えてしまっていて、どうにもならないというか、立ち上がればダイレクトにダメージを食うことになってしまいます。
歩くだけで200に達する血圧、ボロボロの血液数値、頭を回転させるだけで酔ってしまう自律神経。。階段を無理に上がると嘔吐。

考えてみれば、ぼくには学習障害があって、人並みに物事を出来るようにするために、人の何倍も努力する必要がありました。
学習障害そのものが分かったのは最近で、以前から多くの人からは、「出来ないのは努力が足りないから」と言われ続けていました。
古い考え方ですが、苦しいのは皆一緒、同じように出来ないのは、怠け者の証拠と言われて育ってきたわけです。
事実は、苦しさには個人差があって、弱い体で同じような仕事をする事そのものが無謀というもの。。残念ながら、そういう理解が無い時代に生まれたわけで、自分の障害による症状は、単純に怠け者の特徴と位置付けられてきました。
小学生のとき、特別教室に入ったとき、知能検査もしましたが、ぼくの知能はいたって正常で、むしろ良いぐらいだったようで、その事で怠け者は確定してしまいました。
学習障害などという概念は当時無かったのかもしれません。
ぼく自身も、結果としては、怠け者であることを受け入れたわけですが、それでも人並みに出来るようになるために、それなりに努力もしていたようです。
ただ、それによって与えられたものが、体の破綻という結果なんだとしたら、悔しいというか残念でなりません。
パートナーに聞いたことですが、ぼくは、恐ろしいほどに努力をしていて、それは誰でも体を壊すレベルなのだと聞きました。
学習障害のせいなのか、その事すら、ぼくは覚えて、いなかったようです。

何が言いたかったかといえば、人の体には、それぞれ制約があって、皆同じではないということ。もし体がしんどいと思うのならば、それを回避することも必要ということです。「皆同じようにしんどい」というのは嘘です。与えられる体は平等ではなく、格差があるということです。
そのことを理解出来る世の中であれば良いのですが、今の状況を考えると、まだまだ遠い未来のように感じます。

posted by 超画伯 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月09日

オオホンセイインコも動く

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体調不良で勉強どころではなく、やはり入院をすすめられる状態なわけですが、簡単なインコの絵ぐらい描けるだろうと描いてみました。
といいましても、動くほうの絵です。

つづき
posted by 超画伯 at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像日記
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